婚約破棄されたので隣国で働きます ~追放侯爵令嬢、才覚だけで王妃候補に成り上がる~

鷹 綾

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第4話 国境の街で、運命は笑っていた

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第4話 国境の街で、運命は笑っていた

 国境の街リュナスは、夕暮れになると一気に表情を変える。

 昼間は商人と旅人で賑わっていた通りも、陽が傾くにつれて喧騒が落ち着き、酒場の明かりが一つ、また一つと灯り始める。
 ベルヴェル王国とアレグランツ王国、その境目に位置するこの街は、どちらの文化も入り混じった、不思議な空気をまとっていた。

 ルビー・エルヴェールは、簡素な外套を羽織りながら、宿屋の前で立ち止まった。

(……今日は、ここで一泊ですわね)

 王都を出てから数日。
 道中で大きなトラブルはなかったが、長旅の疲れは確実に溜まっている。

 宿の扉に手をかけようとした、そのときだった。

「こんな時間に一人旅かい? この街は、夜になると少し物騒だ」

 背後から、軽い調子の声がかかる。

 反射的に振り返ったルビーの視界に入ったのは、旅人風の青年だった。
 動きやすそうな服装に、よく手入れされた剣。
 どこか余裕のある立ち姿は、ただの商人や傭兵とは違う。

「ご忠告ありがとうございます。でも、宿はすぐそこですわ」 「へえ。ずいぶん落ち着いているね」

 青年は面白そうに目を細めた。

「普通、この状況なら、もう少し警戒するものだけど」 「警戒していないわけではありません。ただ……必要以上に怯える趣味がありませんの」

 ルビーの返答に、青年は一瞬きょとんとした顔をした後、声を立てて笑った。

「ははっ、なるほど。君、只者じゃないな」

(……この人)

 軽口を叩いているようで、視線は鋭い。
 相手の反応を見極める目をしている。

「失礼ですが、あなたはこの街の方?」 「いや、通りすがりの旅人……と言いたいところだけど、半分は嘘だね」

 そう言って、青年は肩をすくめた。

「仕事で少し滞在している。君は?」 「私も、仕事を探して旅をしている途中ですわ」

 ――嘘ではない。
 少なくとも、今のルビーにとっては。

 青年はその答えを聞いて、ふっと真剣な表情になった。

「仕事、か。……君みたいな人が?」 「おかしいかしら?」 「いや。むしろ逆だ」

 青年は、ルビーをじっと見つめる。

「君は“使われる側”より、“使う側”に見える」

 その一言に、ルビーの胸が小さく跳ねた。

(……この人、見抜いていますわね)

 外見ではなく、立ち方や視線、言葉の選び方――
 それを見て、彼はそう言ったのだ。

「光栄ですわ。でも、今は立場を失った身ですから」 「立場なんて、また作ればいい」

 あまりにも簡単に、青年はそう言った。

「能力があるなら、なおさらだ」

 その言葉に、ルビーは思わず微笑んだ。

「……あなた、不思議な方ですわね」 「よく言われるよ」

 青年はくるりと踵を返し、宿の扉を指差した。

「この宿、悪くない。食事も酒もまともだ」 「では、その忠告に従うことにしますわ」

 扉を開けながら、ルビーはふと思い立って振り返った。

「そういえば、お名前を伺っていませんでした」 「名前?」

 青年は一瞬だけ考える素振りを見せてから、にやりと笑った。

「……レオだ。君は?」 「ルビーと申します」

「いい名前だ。よく似合ってる」

 その言葉を残し、青年――レオは、街の灯りの中へと溶けていった。

 

 宿の部屋で一人になったルビーは、椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。

(ただの旅人……ではありませんわね)

 身のこなし、視線、言葉の重み。
 どれもが、王宮で見てきた“権力を持つ者”のそれに近い。

(でも、今はそれでいい)

 正体を探る必要はない。
 今日の出会いは、ただの偶然――そう思うことにした。

 けれど。

 窓の外に広がる国境の夜空を見上げながら、ルビーはなぜか確信していた。

(この出会いは、私の人生を大きく動かす)

 理由は分からない。
 ただ、そう感じただけ。

 ――そして翌日、彼女は知ることになる。

 昨夜の“旅人レオ”が、
 隣国アレグランツ王国において、どれほど特別な存在であるかを。

 その事実が、
 彼女の運命を、さらに大きく動かすことになるのだと。
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