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第六話 距離
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第六話 距離
財務官の葬儀は、王宮の規模に比してひどく簡素だった。
公式発表は“痛ましい事故”。
王太子は弔意を示し、王家としての支援金も手配された。
それで終わるはずの出来事だった。
だが終わらなかったのは、空気だ。
葬儀に参列した貴族たちは、互いに目配せを交わすだけで言葉を選ばなかった。誰も事故を疑うとは口にしない。証拠はない。だが、昨日まで王太子に進言していた人物が、契約停止の直後に亡くなる。
偶然。
それ以上ではない。
それでも、距離が生まれるには十分だった。
アルベルトは祭壇の前で静かに立つ。
胸に手を当て、短い祈りを捧げる。
顔は整っている。
だが、視線の先に立つ貴族たちは、以前より一歩遠い位置にいる。
それに気づいていないのは、本人だけだった。
葬儀の後、円卓の間にて。
「軍需支払いが遅れる可能性があります」
「穀物の再調達は高値になる」
「港湾税の再設定には時間が必要だ」
議論は冷静だ。
だが、誰も王太子に助言しようとはしない。
助言は責任を伴う。
責任は関与を意味する。
関与は――巻き込まれる可能性を孕む。
老侯爵が静かに言う。
「殿下のご判断を尊重する」
それは賛同ではない。
距離だ。
アルベルトは苛立つ。
「意見があるなら言え」
沈黙。
誰も反論しない。
「……問題はないと理解している」
その一言で、議論は終わった。
リュシエラは満足げに微笑む。
「皆様、殿下のご英断を信じていらっしゃるのですわ」
その声は甘い。
だが円卓に座る者たちは、誰も笑わない。
信じているのではない。
関わらないだけだ。
その夜。
アルベルトは寝台に横たわり、天井を見つめていた。
財務官の顔が浮かぶ。
昨日の言葉が繰り返される。
――契約は契約です。
何も間違っていない。
自分は王太子だ。
恋愛を選んだだけだ。
それなのに、なぜ空気が重いのか。
隣でリュシエラが身を寄せる。
「殿下はお疲れですわ」
「……皆、妙に静かだ」
「恐れているのです」
「何をだ?」
彼女はゆっくりと笑う。
「変化を」
白い寝衣。
穏やかな瞳。
血はない。
だがアルベルトは、なぜか視線を逸らした。
一方、隣国。
エリシアは皇帝ディルクとの第二回会談に臨んでいた。
「王家優遇が消えたことで、交易比率は三割増になります」
「我が国にとっては好機だな」
「好機は準備した者のものですわ」
エリシアは冷静に資料を差し出す。
「軍需契約も再配分可能です。公平な価格で」
ディルクは軽く笑う。
「あなたは実に合理的だ」
「感情で動けば、次は私が切られます」
彼女は静かに言う。
「契約を守る側に立つ。それだけです」
隣国の重臣たちは頷く。
議論は活発だ。
反対意見も出る。
だが最後に合意が形成される。
支持と合意。
王宮とは対照的だった。
王都では、もう一つの変化が起きていた。
若い文官が、財務官の後任に正式任命された。
彼は緊張した面持ちで初出仕する。
だが、円卓で発言しようとした瞬間、周囲の視線が一斉に向く。
重い。
口が開きかけ、閉じる。
「……殿下のご判断に従います」
それが限界だった。
アルベルトは満足げに頷く。
「それでよい」
円卓は静まり返る。
意見がないのではない。
意見を言わないのだ。
距離は、確実に広がっている。
夜更け。
王宮の廊下を歩くアルベルトの足音が響く。
ふと、背後に気配を感じて振り返る。
誰もいない。
ただ、燭台の影が揺れるだけ。
心臓が一瞬、早く打つ。
何も起きていない。
事故は事故。
沈黙は沈黙。
それでも、何かが変わった。
王宮は広い。
だがその広さが、妙に冷たく感じられる。
隣で歩くリュシエラが囁く。
「どこまでも私がお供します」
優しい声。
誓いのように。
アルベルトは頷く。
頼るものは、彼女だけだと自分に言い聞かせる。
だがその瞬間、彼は気づかない。
周囲から一歩、また一歩と離れていることに。
距離は目に見えない。
だが、確実に広がる。
そして一度広がった距離は、容易には戻らない。
財務官の葬儀は、王宮の規模に比してひどく簡素だった。
公式発表は“痛ましい事故”。
王太子は弔意を示し、王家としての支援金も手配された。
それで終わるはずの出来事だった。
だが終わらなかったのは、空気だ。
葬儀に参列した貴族たちは、互いに目配せを交わすだけで言葉を選ばなかった。誰も事故を疑うとは口にしない。証拠はない。だが、昨日まで王太子に進言していた人物が、契約停止の直後に亡くなる。
偶然。
それ以上ではない。
それでも、距離が生まれるには十分だった。
アルベルトは祭壇の前で静かに立つ。
胸に手を当て、短い祈りを捧げる。
顔は整っている。
だが、視線の先に立つ貴族たちは、以前より一歩遠い位置にいる。
それに気づいていないのは、本人だけだった。
葬儀の後、円卓の間にて。
「軍需支払いが遅れる可能性があります」
「穀物の再調達は高値になる」
「港湾税の再設定には時間が必要だ」
議論は冷静だ。
だが、誰も王太子に助言しようとはしない。
助言は責任を伴う。
責任は関与を意味する。
関与は――巻き込まれる可能性を孕む。
老侯爵が静かに言う。
「殿下のご判断を尊重する」
それは賛同ではない。
距離だ。
アルベルトは苛立つ。
「意見があるなら言え」
沈黙。
誰も反論しない。
「……問題はないと理解している」
その一言で、議論は終わった。
リュシエラは満足げに微笑む。
「皆様、殿下のご英断を信じていらっしゃるのですわ」
その声は甘い。
だが円卓に座る者たちは、誰も笑わない。
信じているのではない。
関わらないだけだ。
その夜。
アルベルトは寝台に横たわり、天井を見つめていた。
財務官の顔が浮かぶ。
昨日の言葉が繰り返される。
――契約は契約です。
何も間違っていない。
自分は王太子だ。
恋愛を選んだだけだ。
それなのに、なぜ空気が重いのか。
隣でリュシエラが身を寄せる。
「殿下はお疲れですわ」
「……皆、妙に静かだ」
「恐れているのです」
「何をだ?」
彼女はゆっくりと笑う。
「変化を」
白い寝衣。
穏やかな瞳。
血はない。
だがアルベルトは、なぜか視線を逸らした。
一方、隣国。
エリシアは皇帝ディルクとの第二回会談に臨んでいた。
「王家優遇が消えたことで、交易比率は三割増になります」
「我が国にとっては好機だな」
「好機は準備した者のものですわ」
エリシアは冷静に資料を差し出す。
「軍需契約も再配分可能です。公平な価格で」
ディルクは軽く笑う。
「あなたは実に合理的だ」
「感情で動けば、次は私が切られます」
彼女は静かに言う。
「契約を守る側に立つ。それだけです」
隣国の重臣たちは頷く。
議論は活発だ。
反対意見も出る。
だが最後に合意が形成される。
支持と合意。
王宮とは対照的だった。
王都では、もう一つの変化が起きていた。
若い文官が、財務官の後任に正式任命された。
彼は緊張した面持ちで初出仕する。
だが、円卓で発言しようとした瞬間、周囲の視線が一斉に向く。
重い。
口が開きかけ、閉じる。
「……殿下のご判断に従います」
それが限界だった。
アルベルトは満足げに頷く。
「それでよい」
円卓は静まり返る。
意見がないのではない。
意見を言わないのだ。
距離は、確実に広がっている。
夜更け。
王宮の廊下を歩くアルベルトの足音が響く。
ふと、背後に気配を感じて振り返る。
誰もいない。
ただ、燭台の影が揺れるだけ。
心臓が一瞬、早く打つ。
何も起きていない。
事故は事故。
沈黙は沈黙。
それでも、何かが変わった。
王宮は広い。
だがその広さが、妙に冷たく感じられる。
隣で歩くリュシエラが囁く。
「どこまでも私がお供します」
優しい声。
誓いのように。
アルベルトは頷く。
頼るものは、彼女だけだと自分に言い聞かせる。
だがその瞬間、彼は気づかない。
周囲から一歩、また一歩と離れていることに。
距離は目に見えない。
だが、確実に広がる。
そして一度広がった距離は、容易には戻らない。
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