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第八話 出立
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第八話 出立
王都の門がゆっくりと開く。
ルーヴェン公爵家の紋章を掲げた馬車が、朝靄の中を進み出た。護衛は最小限。過剰な威圧も、見せつけるような行列もない。
それでも、沿道に立つ商人たちは視線を向ける。
「本当に行かれるのか」
「隣国へ直談判だそうだ」
「王家との契約は?」
「終了した、と聞いた」
噂は静かに広がる。
だが、嘲笑はない。
むしろ、計算の視線。
エリシアは馬車の中で書簡を確認していた。港湾再配分の案、軍需価格の再提示、関税再設定の試算。
「お嬢様、王宮では……」
侍女が小声で言いかける。
「事故や体調不良の話なら、もう結構ですわ」
エリシアは淡く微笑む。
「私たちがすべきは、契約の再構築です」
それ以上、言葉は続かない。
彼女は王宮の内情に関与しないと決めた。
感情は切り離し、秩序だけを見る。
一方、王宮では。
円卓の間に、わずかな空席があった。
反対派として知られていた伯爵は、療養のため欠席。若い文官は発言を控え、老侯爵は沈黙を選ぶ。
アルベルトはそれを“落ち着き”と受け取っていた。
「ようやく静かになったな」
誰も否定しない。
だが、その静けさは支持ではない。
距離だ。
リュシエラがそっと言う。
「殿下の御心が、ようやく王宮に伝わり始めたのです」
「当然だ」
彼は満足げに頷く。
その夜、侍従が報告を持ってくる。
「隣国との軍需契約、再締結の動きがあるとのことです」
「再締結? 誰とだ」
「……ルーヴェン公爵家です」
沈黙。
アルベルトの指が机を叩く。
「勝手なことを」
「合法でございます」
合法。
それが、妙に冷たい。
リュシエラが微笑む。
「殿下を見限った者は、いずれ後悔しますわ」
その声は甘い。
だが、円卓にいる者たちは目を伏せる。
見限ったのは誰か。
見限られているのは誰か。
言葉にしない。
夜更け。
アルベルトは廊下を歩く。
燭台の火が揺れ、壁に影が伸びる。
一瞬、白い衣が赤く染まったように見える。
瞬きをする。
何もない。
ただの影。
事故は事故。
療養は療養。
偶然は重なる。
そうだ。
重なることもある。
隣国では、エリシアが城門をくぐっていた。
迎えるのは皇帝ディルクと重臣たち。
「歓迎する、ルーヴェン公爵令嬢」
「お招きに感謝いたします」
握手は対等。
視線は真っ直ぐ。
「王家優遇が消えたことで、交易は公平に再設計できます」
「それが望みです」
ディルクは言う。
「感情に振り回されぬ者と、取引したい」
エリシアは頷く。
「契約を守る者であれば、誰とでも」
その言葉は、王宮の円卓とは対照的だ。
隣国の議論は活発だ。反対意見も出る。だが最後に合意が形成される。
支持と合意。
王宮の沈黙とは違う静けさ。
王都では、また一つ小さな報せが届く。
反対派として知られていた若い騎士が、急な転属命令を受けたという。辺境へ。
違法ではない。
だが、急だ。
廊下で囁きが生まれる。
“殿下に逆らうな”。
誰も声を上げない。
アルベルトは報告を受け、淡々と頷く。
「適材適所だ」
リュシエラが微笑む。
「殿下に従わぬ者は、居場所を見つけにくいものですわ」
冗談のような声音。
だが笑う者はいない。
その夜。
アルベルトは再び目を閉じる。
暗闇の中、白い影が立つ。
血はない。
ただ、静かな微笑み。
「どこまでも私がお供します」
優しい声。
逃げ道のない誓い。
彼は目を開ける。
寝室は静かだ。
白い寝衣の少女が、穏やかに眠っている。
王宮は静まり返る。
距離はさらに広がる。
そしてルーヴェン公爵家の馬車は、隣国の城へと完全に入城した。
舞台は、はっきりと分かれた。
光の中で契約を結ぶ者と、
静寂の中で距離を広げる者。
誰も叫ばない。
だが流れは、確実に変わり始めている。
王都の門がゆっくりと開く。
ルーヴェン公爵家の紋章を掲げた馬車が、朝靄の中を進み出た。護衛は最小限。過剰な威圧も、見せつけるような行列もない。
それでも、沿道に立つ商人たちは視線を向ける。
「本当に行かれるのか」
「隣国へ直談判だそうだ」
「王家との契約は?」
「終了した、と聞いた」
噂は静かに広がる。
だが、嘲笑はない。
むしろ、計算の視線。
エリシアは馬車の中で書簡を確認していた。港湾再配分の案、軍需価格の再提示、関税再設定の試算。
「お嬢様、王宮では……」
侍女が小声で言いかける。
「事故や体調不良の話なら、もう結構ですわ」
エリシアは淡く微笑む。
「私たちがすべきは、契約の再構築です」
それ以上、言葉は続かない。
彼女は王宮の内情に関与しないと決めた。
感情は切り離し、秩序だけを見る。
一方、王宮では。
円卓の間に、わずかな空席があった。
反対派として知られていた伯爵は、療養のため欠席。若い文官は発言を控え、老侯爵は沈黙を選ぶ。
アルベルトはそれを“落ち着き”と受け取っていた。
「ようやく静かになったな」
誰も否定しない。
だが、その静けさは支持ではない。
距離だ。
リュシエラがそっと言う。
「殿下の御心が、ようやく王宮に伝わり始めたのです」
「当然だ」
彼は満足げに頷く。
その夜、侍従が報告を持ってくる。
「隣国との軍需契約、再締結の動きがあるとのことです」
「再締結? 誰とだ」
「……ルーヴェン公爵家です」
沈黙。
アルベルトの指が机を叩く。
「勝手なことを」
「合法でございます」
合法。
それが、妙に冷たい。
リュシエラが微笑む。
「殿下を見限った者は、いずれ後悔しますわ」
その声は甘い。
だが、円卓にいる者たちは目を伏せる。
見限ったのは誰か。
見限られているのは誰か。
言葉にしない。
夜更け。
アルベルトは廊下を歩く。
燭台の火が揺れ、壁に影が伸びる。
一瞬、白い衣が赤く染まったように見える。
瞬きをする。
何もない。
ただの影。
事故は事故。
療養は療養。
偶然は重なる。
そうだ。
重なることもある。
隣国では、エリシアが城門をくぐっていた。
迎えるのは皇帝ディルクと重臣たち。
「歓迎する、ルーヴェン公爵令嬢」
「お招きに感謝いたします」
握手は対等。
視線は真っ直ぐ。
「王家優遇が消えたことで、交易は公平に再設計できます」
「それが望みです」
ディルクは言う。
「感情に振り回されぬ者と、取引したい」
エリシアは頷く。
「契約を守る者であれば、誰とでも」
その言葉は、王宮の円卓とは対照的だ。
隣国の議論は活発だ。反対意見も出る。だが最後に合意が形成される。
支持と合意。
王宮の沈黙とは違う静けさ。
王都では、また一つ小さな報せが届く。
反対派として知られていた若い騎士が、急な転属命令を受けたという。辺境へ。
違法ではない。
だが、急だ。
廊下で囁きが生まれる。
“殿下に逆らうな”。
誰も声を上げない。
アルベルトは報告を受け、淡々と頷く。
「適材適所だ」
リュシエラが微笑む。
「殿下に従わぬ者は、居場所を見つけにくいものですわ」
冗談のような声音。
だが笑う者はいない。
その夜。
アルベルトは再び目を閉じる。
暗闇の中、白い影が立つ。
血はない。
ただ、静かな微笑み。
「どこまでも私がお供します」
優しい声。
逃げ道のない誓い。
彼は目を開ける。
寝室は静かだ。
白い寝衣の少女が、穏やかに眠っている。
王宮は静まり返る。
距離はさらに広がる。
そしてルーヴェン公爵家の馬車は、隣国の城へと完全に入城した。
舞台は、はっきりと分かれた。
光の中で契約を結ぶ者と、
静寂の中で距離を広げる者。
誰も叫ばない。
だが流れは、確実に変わり始めている。
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