6 / 30
第6話 再会の予兆 〜隣国皇太子の影〜
しおりを挟む
第6話 再会の予兆 ~隣国皇太子の影~
ルミナス領の朝は、穏やかだった。
村の広場では、子供たちが笑いながら走り回り、大人たちは畑で土を耕し始めた。
枯れた土地が、少しずつ息を吹き返している。
アリシア・ルナミアは、村の外れにある古い礼拝堂の前で、静かに祈りを捧げていた。
礼拝堂は崩れかけていたが、彼女の呪い解きで壁のひび割れが埋まり始めていた。
「もう少し……根源の呪いを解けば、この土地は完全に蘇るわ」
アリシアが目を閉じていると、ガレン・ブライトが息を切らして駆け寄ってきた。
彼の甲冑には、朝露が光っていた。
「アリシア様! 客人です」
アリシアは目を開け、ガレンの後ろを見た。
広場に向かう道を、一団の騎士たちが馬を進めていた。
旗には、銀色の鷲が描かれている――隣国、レイヴン帝国の紋章だ。
一行の先頭に立つのは、黒髪に銀の瞳を持つ青年。
シルヴァン・レイヴン。
24歳の皇太子。
冷徹で知られ、「氷の皇太子」と呼ばれる男。
彼は馬から降り、アリシアの前に立った。
その視線は、鋭く、しかしどこか懐かしい。
「久しぶりだな、アリシア」
アリシアの瞳が、わずかに見開かれた。
「……シルヴァン様」
幼い頃、両国間の外交で何度か顔を合わせた。
シルヴァンはいつも無口で、冷たい印象だったが、アリシアには優しく微笑んでくれた。
それが、10年以上の昔のこと。
村人たちが、息を呑んで見守る中、シルヴァンは静かに言った。
「噂を聞き、来た。
辺境の荒廃した領地で、『本物の聖女』が呪いを解いていると」
アリシアは、静かに首を振った。
「聖女ではありません。ただ、呪いを解くことができるだけです」
シルヴァンの唇が、わずかに緩んだ。
それは、氷のような彼には珍しい、優しい笑みだった。
「それで十分だ。
俺の国でも、魔物の呪いが広がり始めている。
お前の力が必要だ」
ガレンが、警戒するように前に出た。
「皇太子殿下……突然のご訪問は、どのようなご用件で?」
シルヴァンは、ガレンを一瞥し、冷たく言った。
「俺の用件は、アリシアにだけだ」
アリシアは、ガレンを制し、シルヴァンに微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、今はこの領地を優先したいのです。
ここが、私の居場所になりました」
シルヴァンは、ゆっくりと頷いた。
「わかった。
だが、俺は待つ。
お前の力が、この領地を救い終わるまで」
彼は、騎士たちに合図をし、近くの森の端に陣を張るよう命じた。
村人たちは驚きながらも、皇太子の威厳に圧倒され、静かに見守った。
夕方、アリシアはシルヴァンの陣営を訪れた。
テントの中は、暖炉が灯され、暖かかった。
シルヴァンは、椅子に座り、アリシアを招き入れた。
「座れ」
アリシアは、静かに座った。
「シルヴァン様……なぜ、わざわざ?」
シルヴァンは、銀色の瞳をアリシアに向けた。
「昔から、お前を想っていた」
突然の言葉に、アリシアの頰がわずかに赤らんだ。
「そんな……」
シルヴァンは、淡々と続けた。
「王太子の婚約破棄の知らせを聞いた時、すぐに動きたかった。
だが、俺の国に問題が起き、待たざるを得なかった。
今、お前が一人で苦しんでいるのを見過ごせない」
アリシアは、静かに言った。
「私は、苦しんでいません。
ここで、みんなと一緒に生きていくのが、幸せです」
シルヴァンの瞳が、わずかに揺れた。
「それでも……お前を一番傷つけた男は、俺が殺す」
その言葉は、冷たく、重かった。
ヤンデレの片鱗が、ちらりと見えた。
アリシアは、慌てて手を振った。
「そんな……ヴァレンティン様は、勘違いしただけです。
殺すなんて」
シルヴァンは、静かに笑った。
「わかった。
だが、俺はお前を守る。
それだけは、約束だ」
外では、夜風が吹いていた。
村の灯りが、優しく揺れる。
一方、王都では。
ヴァレンティン王太子が、苛立った様子で玉座に座っていた。
フィオナが、青ざめて報告していた。
「魔物の数が、また増えました……
癒しの力が、追いつきません」
ヴァレンティンは、拳を握った。
「なぜだ? お前は本物の聖女のはずだ!」
フィオナは、涙を浮かべて言った。
「アリシア様の呪いが……彼女が、遠くから呪いをかけているのですわ」
ヴァレンティンの表情が、歪んだ。
「アリシア……」
心の奥で、何かが崩れ始めていた。
ルミナス領の朝は、穏やかだった。
村の広場では、子供たちが笑いながら走り回り、大人たちは畑で土を耕し始めた。
枯れた土地が、少しずつ息を吹き返している。
アリシア・ルナミアは、村の外れにある古い礼拝堂の前で、静かに祈りを捧げていた。
礼拝堂は崩れかけていたが、彼女の呪い解きで壁のひび割れが埋まり始めていた。
「もう少し……根源の呪いを解けば、この土地は完全に蘇るわ」
アリシアが目を閉じていると、ガレン・ブライトが息を切らして駆け寄ってきた。
彼の甲冑には、朝露が光っていた。
「アリシア様! 客人です」
アリシアは目を開け、ガレンの後ろを見た。
広場に向かう道を、一団の騎士たちが馬を進めていた。
旗には、銀色の鷲が描かれている――隣国、レイヴン帝国の紋章だ。
一行の先頭に立つのは、黒髪に銀の瞳を持つ青年。
シルヴァン・レイヴン。
24歳の皇太子。
冷徹で知られ、「氷の皇太子」と呼ばれる男。
彼は馬から降り、アリシアの前に立った。
その視線は、鋭く、しかしどこか懐かしい。
「久しぶりだな、アリシア」
アリシアの瞳が、わずかに見開かれた。
「……シルヴァン様」
幼い頃、両国間の外交で何度か顔を合わせた。
シルヴァンはいつも無口で、冷たい印象だったが、アリシアには優しく微笑んでくれた。
それが、10年以上の昔のこと。
村人たちが、息を呑んで見守る中、シルヴァンは静かに言った。
「噂を聞き、来た。
辺境の荒廃した領地で、『本物の聖女』が呪いを解いていると」
アリシアは、静かに首を振った。
「聖女ではありません。ただ、呪いを解くことができるだけです」
シルヴァンの唇が、わずかに緩んだ。
それは、氷のような彼には珍しい、優しい笑みだった。
「それで十分だ。
俺の国でも、魔物の呪いが広がり始めている。
お前の力が必要だ」
ガレンが、警戒するように前に出た。
「皇太子殿下……突然のご訪問は、どのようなご用件で?」
シルヴァンは、ガレンを一瞥し、冷たく言った。
「俺の用件は、アリシアにだけだ」
アリシアは、ガレンを制し、シルヴァンに微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、今はこの領地を優先したいのです。
ここが、私の居場所になりました」
シルヴァンは、ゆっくりと頷いた。
「わかった。
だが、俺は待つ。
お前の力が、この領地を救い終わるまで」
彼は、騎士たちに合図をし、近くの森の端に陣を張るよう命じた。
村人たちは驚きながらも、皇太子の威厳に圧倒され、静かに見守った。
夕方、アリシアはシルヴァンの陣営を訪れた。
テントの中は、暖炉が灯され、暖かかった。
シルヴァンは、椅子に座り、アリシアを招き入れた。
「座れ」
アリシアは、静かに座った。
「シルヴァン様……なぜ、わざわざ?」
シルヴァンは、銀色の瞳をアリシアに向けた。
「昔から、お前を想っていた」
突然の言葉に、アリシアの頰がわずかに赤らんだ。
「そんな……」
シルヴァンは、淡々と続けた。
「王太子の婚約破棄の知らせを聞いた時、すぐに動きたかった。
だが、俺の国に問題が起き、待たざるを得なかった。
今、お前が一人で苦しんでいるのを見過ごせない」
アリシアは、静かに言った。
「私は、苦しんでいません。
ここで、みんなと一緒に生きていくのが、幸せです」
シルヴァンの瞳が、わずかに揺れた。
「それでも……お前を一番傷つけた男は、俺が殺す」
その言葉は、冷たく、重かった。
ヤンデレの片鱗が、ちらりと見えた。
アリシアは、慌てて手を振った。
「そんな……ヴァレンティン様は、勘違いしただけです。
殺すなんて」
シルヴァンは、静かに笑った。
「わかった。
だが、俺はお前を守る。
それだけは、約束だ」
外では、夜風が吹いていた。
村の灯りが、優しく揺れる。
一方、王都では。
ヴァレンティン王太子が、苛立った様子で玉座に座っていた。
フィオナが、青ざめて報告していた。
「魔物の数が、また増えました……
癒しの力が、追いつきません」
ヴァレンティンは、拳を握った。
「なぜだ? お前は本物の聖女のはずだ!」
フィオナは、涙を浮かべて言った。
「アリシア様の呪いが……彼女が、遠くから呪いをかけているのですわ」
ヴァレンティンの表情が、歪んだ。
「アリシア……」
心の奥で、何かが崩れ始めていた。
20
あなたにおすすめの小説
婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!
白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。
婚約者ではないのに、です。
それに、いじめた記憶も一切ありません。
私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。
第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。
カクヨムにも掲載しております。
婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜
夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」
婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。
彼女は涙を見せず、静かに笑った。
──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。
「そなたに、我が祝福を授けよう」
神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。
だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。
──そして半年後。
隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、
ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。
「……この命、お前に捧げよう」
「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」
かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。
──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、
“氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。
とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜
入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】
社交界を賑わせた婚約披露の茶会。
令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。
「真実の愛を見つけたんだ」
それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。
愛よりも冷たく、そして美しく。
笑顔で地獄へお送りいたします――
「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました
ゆっこ
恋愛
「アンナ・リヴィエール、貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」
王城の大広間に響いた声を、私は冷静に見つめていた。
誰よりも愛していた婚約者、レオンハルト王太子が、冷たい笑みを浮かべて私を断罪する。
「お前は地味で、つまらなくて、礼儀ばかりの女だ。華もない。……誰もお前なんか愛さないさ」
笑い声が響く。
取り巻きの令嬢たちが、まるで待っていたかのように口元を隠して嘲笑した。
胸が痛んだ。
けれど涙は出なかった。もう、心が乾いていたからだ。
王命により、婚約破棄されました。
緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。
才能が開花した瞬間、婚約を破棄されました。ついでに実家も追放されました。
キョウキョウ
恋愛
ヴァーレンティア子爵家の令嬢エリアナは、一般人の半分以下という致命的な魔力不足に悩んでいた。伯爵家の跡取りである婚約者ヴィクターからは日々厳しく責められ、自分の価値を見出せずにいた。
そんな彼女が、厳しい指導を乗り越えて伝説の「古代魔法」の習得に成功した。100年以上前から使い手が現れていない、全ての魔法の根源とされる究極の力。喜び勇んで婚約者に報告しようとしたその瞬間――
「君との婚約を破棄することが決まった」
皮肉にも、人生最高の瞬間が人生最悪の瞬間と重なってしまう。さらに実家からは除籍処分を言い渡され、身一つで屋敷から追い出される。すべてを失ったエリアナ。
だけど、彼女には頼れる師匠がいた。世界最高峰の魔法使いソリウスと共に旅立つことにしたエリアナは、古代魔法の力で次々と困難を解決し、やがて大きな名声を獲得していく。
一方、エリアナを捨てた元婚約者ヴィクターと実家は、不運が重なる厳しい現実に直面する。エリアナの大活躍を知った時には、すべてが手遅れだった。
真の実力と愛を手に入れたエリアナは、もう振り返る理由はない。
これは、自分の価値を理解してくれない者たちを結果的に見返し、厳しい時期に寄り添ってくれた人と幸せを掴む物語。
辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。
コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。
だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。
それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。
ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。
これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる