「婚約破棄された聖女ですが、実は最強の『呪い解き』能力者でした〜追放された先で王太子が土下座してきました〜

第5話 領地の希望 〜噂の広がりと、王都の影〜

第5話　領地の希望　～噂の広がりと、王都の影～

朝の陽光が、ルミナス領の村に差し込んだ。  
昨日まで灰色だった空が、わずかに青みを帯びている。  
アリシアは早朝から村の外れを歩いていた。  
枯れた森の端に、紫色の霧がまだ濃く残っている場所を見つけた。  
そこは「呪いの森」と呼ばれ、誰も近づかない禁断の地だった。

アリシアは、深く息を吸い、手を翳した。  
銀色の光が、霧を吸い込み始める。  
光が広がるにつれ、木々の枝がわずかに揺れ、新たな芽が顔を覗かせた。  
森の奥から、かすかな鳥のさえずりが聞こえてきた。

「少しずつ……変わっていくわ」

村に戻ると、広場はすでに人で溢れていた。  
隣の集落から来た人々が、アリシアを待っていた。  
老婆が、震える手で小さな袋を差し出した。

「アリシア様……昨日のおかげで、孫の熱が下がりました。  
これ、持ってきてくださいました」

袋の中には、干し肉と小さな宝石。  
領民の精一杯の感謝だった。

アリシアは、優しく受け取り、微笑んだ。

「ありがとう。  
みんなの笑顔が、私の力になるわ」

ガレン・ブライトが、甲冑姿で近づいてきた。  
彼は村の警備を一手に引き受け、夜通し見張りをしていた。

「アリシア様、森の呪いを解かれたのですね。  
村人たちが、喜んでいます」

アリシアは頷いた。

「ええ。でも、まだ全体の半分も解けていないわ。  
根源は、もっと深い場所にあるはず」

その時、広場の端から、馬の蹄の音が響いた。  
一人の旅人が、埃まみれの馬を引いて現れた。  
彼は商人風の服装で、荷物を背負っていた。

「アリシア様という方はおられますか？」

村人たちがざわめいた。  
アリシアが前に出ると、商人は深く頭を下げた。

「王都近郊の町から参りました。  
噂を聞きまして……『本物の聖女』が、辺境で呪いを解いていると」

アリシアは、静かに言った。

「私は聖女ではありません。ただ、呪いを解くことができるだけです」

商人は、興奮気味に続けた。

「それでも、町の人々は希望を持っています。  
王都では、魔物が増え続け、フィオナ様の癒しが効かないと……  
噂が広がっているのです。  
『追放された公爵令嬢が、真の力を持っている』と」

アリシアの瞳が、わずかに揺れた。

「王都で……そんな噂が？」

商人は頷いた。

「はい。  
一部の貴族たちは、ヴァレンティン王太子の判断を疑い始めています。  
フィオナ様は、魔物を浄化するどころか、呪いが跳ね返って体調を崩しているとか」

ガレンが、厳しい顔で言った。

「王太子は、まだ認めないでしょう」

商人は、荷物から小さな巻物を差し出した。

「これを、アリシア様に届けるよう頼まれました。  
近隣領地の領主からの手紙です。  
『呪いを解いていただければ、報酬を支払う』と」

アリシアは巻物を受け取り、広場の人々を見回した。

「みんな……ありがとう。  
この土地を救うことが、私の使命よ」

村人たちは、歓声を上げた。  
子供たちが、アリシアの周りに集まり、手を握った。

夕方、アリシアは村の丘の上に立った。  
ガレンが隣に寄り添う。

「アリシア様……王都の噂、気になりますか？」

アリシアは、遠くの地平線を見つめた。

「少しね。  
ヴァレンティン様が、いつか気づく日が来るのかしら」

ガレンは、静かに言った。

「気づいたとしても、プライドが邪魔をするでしょう。  
ですが……アリシア様の力が証明されれば、必ず」

アリシアは、微笑んだ。

「今は、ここに集中するわ。  
この領地が、笑顔で溢れる日まで」

丘の下では、村人たちが夕食の準備を始めていた。  
火が灯り、歌声が響く。  
10年ぶりの、穏やかな夜。

一方、王都の王宮。  
ヴァレンティンは、謁見の間に座っていた。  
フィオナが、青ざめた顔で跪いている。

「ヴァレンティン様……私の力が、効きません。  
魔物が、次々と現れて……」

ヴァレンティンは、苛立った声で言った。

「なぜだ？　お前は本物の聖女のはずだ！」

フィオナは、涙を浮かべて言った。

「アリシア様の呪いのせいかもしれません……  
彼女が、遠くから呪いをかけているのでは」

ヴァレンティンの表情が、わずかに歪んだ。

「アリシア……？  
まさか、そんな」

しかし、心の奥で、何かが揺らぎ始めていた。