婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾

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第27話 同時刻、すべてが止まる

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第27話 同時刻、すべてが止まる

 合図は、一つだけだった。

 それは、鐘でも、命令でもない。
 封書だ。

 同じ時刻。
 同じ書式。
 同じ文言。

 ――帝国法に基づき、事情聴取を行う。
 ――即時、職務を停止せよ。

 帝都の各所で、
 その封書が、同時に開かれた。

 ローデン伯爵の屋敷。
 第三係の執務室。
 港湾都市の商会事務所。
 そして――
 南方連合使節団の宿舎。

 逃げる時間は、ない。

 私は、皇帝の執務室で報告を受けていた。
 部屋の空気は、静かだ。

「……第三係、
 補佐官二名を拘束」

「港湾都市、
 仲介人全員を確保」

「南方連合使節団、
 外出制限を実施」

 報告は、淡々としている。

(……すべて、予定通り)

 皇帝は、机に手を置いたまま言った。

「伯爵本人は?」

「自宅にて待機。
 動きはありません」

 それは、
 動けないという意味だ。

 皇帝は、短く頷いた。

「よし」

 その一言で、
 帝国は動いた。

 同時刻。

 ローデン伯爵の屋敷では、
 静かな混乱が起きていた。

「これは……
 どういうことだ」

 伯爵は、封書を握り締めている。

 怒鳴ることも、
 抗議することもできない。

 書式が、
 完璧すぎた。

 誰の署名か。
 どの法条か。
 どこへ出頭すべきか。

 すべてが、
 明記されている。

(……逃げ道がない)

 使用人たちが、
 視線を逸らす。

 その中に、
 昨日まで補佐官だった男はいない。

(……もう、誰も残っていない)

 一方、港湾都市。

 南方連合の仲介人たちは、
 早朝の時点で確保されていた。

「誤解だ!」
「我々は商人だ!」

 そう叫んでも、
 意味はない。

 通行証。
 資金の流れ。
 帝国内文書との一致。

 否定する言葉が、
 追いつかない。

 帝都。

 使節団の宿舎では、
 副代表が、
 顔色を変えていた。

「……帝国は、
 どこまで掴んでいる」

 返事は、ない。

 だが、
 それが答えだった。

 午前。

 私は、
 非公開の報告会に出席していた。

 出席者は、最小限。

 皇帝。
 数名の重臣。
 そして、私。

「南方連合の動きは、
 完全に止まりました」

 ヴァルデンが言う。

「帝国内の協力者も、
 全員、拘束もしくは隔離」

「よし」

 皇帝は、
 短く応じる。

「では、
 次の段階だ」

 重臣の一人が、慎重に問う。

「……伯爵本人を、
 どう扱われますか」

 皇帝は、即答しなかった。

 その沈黙が、
 重い。

「……公開の断罪は、行わない」

 皇帝は、
 ゆっくりと言った。

「だが、
 権限はすべて剥奪する」

 それは、
 政治的な死刑だ。

「名誉は?」

「保留」

 皇帝は、
 私の方を見た。

「どう思う」

 突然の問い。

 私は、
 正直に答えた。

「……十分です」

「彼は、
 “選択肢”を失いました」

「それ以上の罰は、
 必要ありません」

 皇帝は、
 わずかに頷く。

「そうだな」

 午後。

 帝国内に、
 一つの通達が出た。

 ――北方鉱山領改革案、
 正式承認。

 反対意見は、
 提出されなかった。

 できなかった、
 と言うべきか。

(……終わった)

 だが、
 拍手はない。

 歓声もない。

 ただ、
 動きが止まった。

 それが、
 すべてを物語っている。

 夜。

 私は、
 皇城の回廊を歩いていた。

 女官長が、
 小声で言う。

「……各所、
 沈静化しています」

「はい」

「驚くほど、
 静かですね」

「静かな方が、
 深く効きます」

 女官長は、
 納得したように頷いた。

 部屋に戻り、
 一人になる。

(……同時刻)

 それが、
 今回のすべてだ。

 誰か一人を叩いても、
 意味はなかった。

 だが、
 同時に止めれば、
 連動して崩れる。

 南方連合は、
 帝国市場への道を失った。

 伯爵派は、
 内部の足場を失った。

 そして、
 それを見ていた者たちは、
 理解した。

 ――越えてはいけない線が、どこか。

 私は、
 机に置かれた次の書類に目を向ける。

 残るのは、
 後処理。

 それは、
 派手ではない。

 だが、
 帝国にとって、
 最も重要な仕事だ。

 私は、静かに思った。

(……ここまで来た)

 もう、
 後戻りはしない。

 そして――
 誰も、それを望んでいない。

 同時刻に止まったものは、
 同時刻には、もう動かない。

 それで、十分だった。


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