婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾

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第28話 静かな再編は、拍手を必要としない

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第28話 静かな再編は、拍手を必要としない

 嵐が過ぎた後の空は、
 いつも少しだけ、色が薄い。

 帝都は、驚くほど静かだった。

 誰かが捕らえられた。
 誰かが失脚した。
 誰かが、消えた。

 それらは確かに起きたはずなのに、
 街は何事もなかったかのように動いている。

(……これが、終わり方)

 私は、窓から外を眺めながら、そう思った。

 皇城内では、
 すでに次の段階に入っている。

 ――後処理。
 そして、再編。

 朝の会議室。

 集められたのは、
 事件に直接関わっていない官僚たちだった。

 彼らは皆、
 慎重な顔をしている。

 理由は、分かっている。

(……誰が残り、誰が消えたのか)
(……自分は、どちら側か)

 まだ確信が持てないのだ。

 私は、資料を机に置いた。

「本日は、
 北方鉱山領改革案の実施手順について確認します」

 声は、淡々としている。

 だが、
 その一言で、
 空気が引き締まった。

 “改革案”は、
 ただの計画ではない。

 それは、
 誰が信頼されているかの指標だ。

「各部署、
 進行状況を」

 一人ずつ、報告が始まる。

 言葉は、慎重。
 だが、嘘はない。

 なぜなら、
 今は嘘をつく理由がない。

 会議は、静かに進んだ。

 途中、
 若い官僚が、恐る恐る手を挙げる。

「あの……
 今回の件で、
 制度そのものを見直す必要は……」

 視線が、
 一斉に集まる。

 だが、
 私は遮らなかった。

「あります」

 即答する。

「だから、
 今、あなた方がここにいます」

 その言葉に、
 彼は息を呑んだ。

「派閥で選ばれた人材は、
 もう要りません」

 少し、言葉を区切る。

「機能する人材が、必要です」

 誰かが、
 小さく頷いた。

 それで十分だった。

 昼過ぎ。

 私は、皇帝に呼ばれた。

 執務室には、
 静かな光が差し込んでいる。

「疲れているか」

「いいえ」

 嘘ではない。

 むしろ――
 頭は、冴えていた。

「今回の後処理、
 どう見る」

 皇帝は、
 真正面から聞いてくる。

 私は、考えをまとめて答えた。

「……成功です」

「ただし、
 “正しさ”ではありません」

 皇帝の眉が、わずかに動く。

「“継続可能”だったからです」

「感情で終わらせなかった。
 誰か一人を英雄にも、
 悪者にも、しなかった」

「だから、
 帝国は次に進めます」

 皇帝は、
 少しだけ笑った。

「お前らしい答えだ」

 そして、
 机の上の書類を、
 私の方へ滑らせる。

「新設部署だ」

 書類には、
 簡潔な文字が並んでいる。

 ――制度監査補佐官。

(……なるほど)

「権限は?」

「直接の命令権はない」

 皇帝は、はっきり言う。

「だが、
 報告は、
 私に直接上がる」

 それは、
 象徴的な役職だった。

 権力は、持たない。
 だが、
 無視できない。

「受けますか」

 皇帝の問いは、
 形式的だ。

 私は、
 迷わず頷いた。

「はい」

 それで、
 すべてが決まった。

 夕方。

 女官長が、
 静かに報告する。

「各派閥から、
 “ご挨拶”が来ています」

「お断りを」

「すべて、ですか」

「すべて、です」

 女官長は、
 一瞬驚いたが、
 すぐに理解した顔になる。

「……承知しました」

 それでいい。

 今、
 距離を測る必要はない。

 私がいるのは、
 派閥の外側だ。

 夜。

 一人、書類を整理しながら、
 ふと、思い出す。

 舞踏会。
 悲鳴。
 仮面の騎士。
 攫われた、あの日。

(……遠いわね)

 あの時、
 私はただの「守られる存在」だった。

 今は、違う。

 守られる必要は、もうない。

 必要なのは、
 判断すること。

 机の上に、
 次の案件が置かれる。

 小さな問題。
 だが、放置すれば歪む。

 私は、ペンを取った。

 静かな再編は、
 拍手を必要としない。

 評価は、
 声高に宣言されなくても、
 配置で示される。

 そして、
 それを一番理解しているのは――
 かつて、
 私を軽んじた者たちだった。

 もう、
 振り返る必要はない。

 私は、
 次の仕事に目を向けた。


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