婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾

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第26話 最後の悪あがきは、音が大きい

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第26話 最後の悪あがきは、音が大きい

 追い詰められた者は、
 往々にして静かでいられない。

 それは、恐怖が理性を押し流すからだ。

 南方連合との交渉凍結が発表されてから、一週間。
 帝国内の空気は、明らかに変わっていた。

 伯爵派の人間は、
 会議で発言しなくなり、
 視線を合わせなくなり、
 そして――焦り始めている。

(……沈黙できる段階は、もう過ぎた)

 私は、執務机で新たな報告書を開いていた。
 差出人は、地方監督官。

 件名は短い。

 ――北方鉱山領における労働者騒動について。

(……来たわね)

 中身を読む。

 鉱山領で、突然の抗議行動。
 労働条件の悪化を訴え、作業停止。

 だが――
 内容が、妙に整いすぎている。

(……自然発生じゃない)

 女官長に、声をかける。

「この騒動、
 誰が最初に煽りましたか」

「……外部から来た、
 労働仲介人です」

 その一言で、
 全てが繋がった。

(……南方連合)

 交渉凍結。
 市場から締め出された。

 なら、次は――
 内側を揺らす。

「仲介人の素性は?」

「複数の偽名を使っていますが、
 資金の流れは、
 港湾都市経由です」

(……分かりやすすぎる)

 これは、
 計算された一手だ。

 だが同時に、
 雑でもある。

 私は、ヴァルデンと緊急に打ち合わせを行った。

「労働者騒動が、
 拡大する恐れがあります」

「……鉱山領を止めれば、
 再編案も止まる」

「はい」

「つまり、
 我々の改革そのものを、
 潰しに来た」

 ヴァルデンは、苦い顔をする。

「露骨だな」

「追い詰められていますから」

 私は、はっきり言った。

「これは、
 最後の賭けです」

 その日の午後。

 皇帝のもとで、
 緊急会合が開かれた。

 私は、状況を簡潔に報告する。

「外部勢力が、
 労働者を扇動しています」

「証拠は?」

「資金の流れと、
 仲介人の移動記録があります」

 皇帝は、怒らなかった。

 むしろ――
 静かだった。

「……ようやく、
 尻尾を掴ませたな」

 その言葉に、
 重臣たちが、息を呑む。

 皇帝は、続ける。

「ここで、
 強硬に鎮圧するな」

 意外な指示。

「騒動は、
 “正当に聞け”」

 私は、理解した。

(……表に出させる)

 隠れて動いていた敵を、
 光の下に引きずり出す。

「ただし」

 皇帝の声が、低くなる。

「外部の手が確認された瞬間、
 容赦するな」

「承知しました」

 翌日。

 私は、鉱山領へ向かった。

 名目は、
 特別顧問補佐としての視察。

 現地では、
 怒号と不安が入り混じっていた。

「約束が違う!」
「また、搾り取る気か!」

 労働者たちは、
 怒っている。

 だが――
 どこか、演技が混じっている。

(……本気で困っている人と、
 煽っている人が、混ざっている)

 私は、広場で声を上げた。

「話を聞きます」

 その一言で、
 騒ぎが一瞬、止まる。

「条件を、
 はっきりさせましょう」

 労働者の一人が叫ぶ。

「外から来た人が言ったんだ!
 帝国は信用できないって!」

 その瞬間。

(……出た)

 私は、静かに問い返す。

「外から来た人とは?」

 数人が、
 視線を逸らした。

 その中で、
 一人だけが、苛立ったように前に出る。

「そんなの、
 関係ないだろ!」

 声が、上擦っている。

(……仲介人)

 私は、視線を合わせた。

「関係あります」

 はっきりと。

「あなた方の要求が、
 正当かどうかを判断するために」

 仲介人が、
 一瞬、言葉に詰まる。

 その隙を、逃さない。

「あなたは、
 どこの組織から来ましたか」

「……」

「帝国の仲介人登録は、
 されていますか」

「……」

 沈黙が、
 答えだった。

 近くにいた監督官が、
 動く。

「身柄を確保しろ」

 仲介人は、
 抵抗した。

 そして――
 懐から、
 南方連合の通行証が落ちた。

 その瞬間、
 場が凍りつく。

「……外部だ」

 誰かが、呟く。

 私は、深く息を吸った。

(……終わった)

 これで、
 “疑惑”は消えた。

 これは――
 干渉の証拠だ。

 労働者たちの表情が、変わる。

「……俺たちは、
 利用されてたのか」

「話を聞く価値は、あります」

 私は、静かに言った。

「ですが、
 操られる理由にはなりません」

 その日のうちに、
 皇帝へ報告が入った。

 返ってきた言葉は、短い。

『やれ』

 それだけ。

 夜。

 鉱山領の空は、冷たい。

(……最後の悪あがき)

 だが、
 音が大きすぎた。

 隠れて動いていた者が、
 焦って表に出た。

 それは――
 自滅の合図だ。

 私は、帝都へ戻る馬車の中で、
 静かに目を閉じた。

 次は、
 逃げ場のない者たちが、
 何を選ぶか。

 もう、
 時間は稼げない。

 彼らは――
 選ばされる。


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