エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾

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第15話 期待されないという快適さについて

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第15話 期待されないという快適さについて

 朝。

 エオリア・フロステリアは、ベッドの中で一度だけ身じろぎし、そのまま動かなくなった。

「……起きる理由がありませんわね」

 時計を見る。
 販売まで、まだ二時間以上ある。

 行列がどうなっているか。
 売れ行きがどうなるか。
 ――どうでもいい。

 彼女にとって重要なのは、起きたいかどうかだけだった。

 



 

 結局、いつも通りの時間に起き、いつも通り朝食を取り、いつも通りチョコを一粒食べる。

「……問題ありませんわ」

 味も、香りも、昨日と同じ。
 それでいい。

 



 

 食後、エレナが報告に来る。

「お嬢様。最近、王都の商人が“契約”を求めてきています」

「断ってください」

「内容も聞かれませんか?」

「聞く必要がありません」

 即答だった。

「契約とは、未来を縛る行為ですわ。
 私は、明日の気分すら保証したくありません」

 



 

 エレナは苦笑したが、それ以上は言わなかった。

 ここ最近、使用人たちは理解し始めている。
 エオリアは、何もしないために最大限考えているのだと。

 



 

 昼前。

 屋敷の外では、今日も整然とした行列ができている。

 叫ぶ者はいない。
 割り込む者もいない。

 誰もが知っている。

 ・一日一回
 ・時間固定
 ・購入は一人一回
・量は好きなだけ
・説明なし
・売り切れたら終わり

 それ以上でも、それ以下でもない。

 



 

 エオリアは、その様子を“見ない”。

 見れば、判断が必要になる。
 判断すれば、余計な責任が生まれる。

「……知らないという選択は、楽ですわ」

 



 

 午後。

 全自動チョコレート製造魔法は、相変わらず止まらない。

 彼女は、それを一切管理していなかった。

「壊れたら、そのとき考えます」

 壊れていない今、考える意味はない。

 



 

 エレナが、ぽつりと報告する。

「最近、“お嬢様は期待を裏切らない”と言われています」

「……妙な言い方ですわね」

「“期待させないから、裏切らない”と」

 



 

 エオリアは、少し考え――首を縦に振った。

「それは、正しい理解ですわ」

 誇るでもなく、照れるでもなく。

「私は、最初から何も約束していませんもの」

 



 

 夕方。

 販売は、今日も予定通り終了した。

 売り切れた。
 それだけだ。

「明日分は?」

「もう、できています」

「なら、問題ありませんわ」

 



 

 夜。

 テラスで風に当たりながら、エオリアはチョコをかじる。

「……人は、期待すると疲れますのね」

 自分も、他人も。

 だからこそ、彼女は“何も期待しない”。

 美味しいものを食べたい。
 快適に過ごしたい。
 それだけ。

 



 

 遠くで、誰かが言っていたらしい。

 ――あの聖女は、冷たい。
 ――あの令嬢は、淡白だ。

 だが、それでいい。

 好かれなくてもいい。
 持ち上げられなくてもいい。

 



 

 ベッドに入る前、エオリアは小さく息を吐く。

「期待されないというのは……」

 少しだけ、口元が緩む。

「本当に、快適ですわね」

 そう呟いて、目を閉じる。

 明日も、同じ一日が来る。
 それを疑わない。

 エオリア・フロステリアは、
 今日も何も変えず、
 何も背負わず、
 自分のためだけに生きていた。
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