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第15話 期待されないという快適さについて
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第15話 期待されないという快適さについて
朝。
エオリア・フロステリアは、ベッドの中で一度だけ身じろぎし、そのまま動かなくなった。
「……起きる理由がありませんわね」
時計を見る。
販売まで、まだ二時間以上ある。
行列がどうなっているか。
売れ行きがどうなるか。
――どうでもいい。
彼女にとって重要なのは、起きたいかどうかだけだった。
◆
結局、いつも通りの時間に起き、いつも通り朝食を取り、いつも通りチョコを一粒食べる。
「……問題ありませんわ」
味も、香りも、昨日と同じ。
それでいい。
◆
食後、エレナが報告に来る。
「お嬢様。最近、王都の商人が“契約”を求めてきています」
「断ってください」
「内容も聞かれませんか?」
「聞く必要がありません」
即答だった。
「契約とは、未来を縛る行為ですわ。
私は、明日の気分すら保証したくありません」
◆
エレナは苦笑したが、それ以上は言わなかった。
ここ最近、使用人たちは理解し始めている。
エオリアは、何もしないために最大限考えているのだと。
◆
昼前。
屋敷の外では、今日も整然とした行列ができている。
叫ぶ者はいない。
割り込む者もいない。
誰もが知っている。
・一日一回
・時間固定
・購入は一人一回
・量は好きなだけ
・説明なし
・売り切れたら終わり
それ以上でも、それ以下でもない。
◆
エオリアは、その様子を“見ない”。
見れば、判断が必要になる。
判断すれば、余計な責任が生まれる。
「……知らないという選択は、楽ですわ」
◆
午後。
全自動チョコレート製造魔法は、相変わらず止まらない。
彼女は、それを一切管理していなかった。
「壊れたら、そのとき考えます」
壊れていない今、考える意味はない。
◆
エレナが、ぽつりと報告する。
「最近、“お嬢様は期待を裏切らない”と言われています」
「……妙な言い方ですわね」
「“期待させないから、裏切らない”と」
◆
エオリアは、少し考え――首を縦に振った。
「それは、正しい理解ですわ」
誇るでもなく、照れるでもなく。
「私は、最初から何も約束していませんもの」
◆
夕方。
販売は、今日も予定通り終了した。
売り切れた。
それだけだ。
「明日分は?」
「もう、できています」
「なら、問題ありませんわ」
◆
夜。
テラスで風に当たりながら、エオリアはチョコをかじる。
「……人は、期待すると疲れますのね」
自分も、他人も。
だからこそ、彼女は“何も期待しない”。
美味しいものを食べたい。
快適に過ごしたい。
それだけ。
◆
遠くで、誰かが言っていたらしい。
――あの聖女は、冷たい。
――あの令嬢は、淡白だ。
だが、それでいい。
好かれなくてもいい。
持ち上げられなくてもいい。
◆
ベッドに入る前、エオリアは小さく息を吐く。
「期待されないというのは……」
少しだけ、口元が緩む。
「本当に、快適ですわね」
そう呟いて、目を閉じる。
明日も、同じ一日が来る。
それを疑わない。
エオリア・フロステリアは、
今日も何も変えず、
何も背負わず、
自分のためだけに生きていた。
朝。
エオリア・フロステリアは、ベッドの中で一度だけ身じろぎし、そのまま動かなくなった。
「……起きる理由がありませんわね」
時計を見る。
販売まで、まだ二時間以上ある。
行列がどうなっているか。
売れ行きがどうなるか。
――どうでもいい。
彼女にとって重要なのは、起きたいかどうかだけだった。
◆
結局、いつも通りの時間に起き、いつも通り朝食を取り、いつも通りチョコを一粒食べる。
「……問題ありませんわ」
味も、香りも、昨日と同じ。
それでいい。
◆
食後、エレナが報告に来る。
「お嬢様。最近、王都の商人が“契約”を求めてきています」
「断ってください」
「内容も聞かれませんか?」
「聞く必要がありません」
即答だった。
「契約とは、未来を縛る行為ですわ。
私は、明日の気分すら保証したくありません」
◆
エレナは苦笑したが、それ以上は言わなかった。
ここ最近、使用人たちは理解し始めている。
エオリアは、何もしないために最大限考えているのだと。
◆
昼前。
屋敷の外では、今日も整然とした行列ができている。
叫ぶ者はいない。
割り込む者もいない。
誰もが知っている。
・一日一回
・時間固定
・購入は一人一回
・量は好きなだけ
・説明なし
・売り切れたら終わり
それ以上でも、それ以下でもない。
◆
エオリアは、その様子を“見ない”。
見れば、判断が必要になる。
判断すれば、余計な責任が生まれる。
「……知らないという選択は、楽ですわ」
◆
午後。
全自動チョコレート製造魔法は、相変わらず止まらない。
彼女は、それを一切管理していなかった。
「壊れたら、そのとき考えます」
壊れていない今、考える意味はない。
◆
エレナが、ぽつりと報告する。
「最近、“お嬢様は期待を裏切らない”と言われています」
「……妙な言い方ですわね」
「“期待させないから、裏切らない”と」
◆
エオリアは、少し考え――首を縦に振った。
「それは、正しい理解ですわ」
誇るでもなく、照れるでもなく。
「私は、最初から何も約束していませんもの」
◆
夕方。
販売は、今日も予定通り終了した。
売り切れた。
それだけだ。
「明日分は?」
「もう、できています」
「なら、問題ありませんわ」
◆
夜。
テラスで風に当たりながら、エオリアはチョコをかじる。
「……人は、期待すると疲れますのね」
自分も、他人も。
だからこそ、彼女は“何も期待しない”。
美味しいものを食べたい。
快適に過ごしたい。
それだけ。
◆
遠くで、誰かが言っていたらしい。
――あの聖女は、冷たい。
――あの令嬢は、淡白だ。
だが、それでいい。
好かれなくてもいい。
持ち上げられなくてもいい。
◆
ベッドに入る前、エオリアは小さく息を吐く。
「期待されないというのは……」
少しだけ、口元が緩む。
「本当に、快適ですわね」
そう呟いて、目を閉じる。
明日も、同じ一日が来る。
それを疑わない。
エオリア・フロステリアは、
今日も何も変えず、
何も背負わず、
自分のためだけに生きていた。
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