エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾

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第16話 「それでも買う」という選択肢だけを置いておきますわ

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第16話 「それでも買う」という選択肢だけを置いておきますわ

 朝。

 エオリア・フロステリアは、紅茶を一口飲んでから、ふと思った。

「……今日は、少しだけ人が増えそうですわね」

「何か、根拠が?」

 エレナが尋ねる。

「ありませんわ。
 ただ、そういう日もありますの」

 予感というほど大げさなものでもない。
 ただの感覚だ。

 



 

 正午。

 販売開始の鐘が鳴る。

 列は、確かにいつもより少し長かった。
 だが、騒ぎはない。

 誰も走らない。
 誰も声を荒げない。

 理由は簡単だ。

 ――買えなくても、また来ればいい。

 



 

 その“当たり前”が、完全に浸透していた。

 



 

 途中、エレナが小声で報告する。

「……“説明がなさすぎる”と、不満を言う方が一人だけ」

「そうですの」

 興味なさそうに返す。

「では、その方には買わないという選択肢もありますわね」

「……それも、説明しますか?」

「いいえ」

 即答だった。

「説明すると、“説得”になります。
 私は、説得をする気がありません」

 



 

 エオリアは、淡々と言葉を続ける。

「ここにあるのは、チョコレートですわ。
 美味しいかどうかは、食べた人が決めること」

「売り方が気に入らないなら、買わなければいい。
 それだけです」

 



 

 その人物は、結局――買った。

 量も、多かった。

「……買われましたね」

「そうですわね」

 それ以上の感想はない。

 



 

 午後。

 売り場は、いつも通り終了した。

 今日も完売。
 だが、それを“成果”とは呼ばない。

「減ったから、終わり。
 それだけですわ」

 



 

 屋敷に戻り、エオリアは自分用のチョコを取り分ける。

「……今日のは、少し苦味が強いですわね」

 眉をひそめるが、不満ではない。

「これはこれで、悪くありません」

 



 

 エレナが、ふと疑問を口にした。

「お嬢様は……どうして、こんなやり方を続けていられるのですか?」

「どんなやり方、ですの?」

「売りたいとも、広めたいとも、見えないやり方です」

 



 

 エオリアは、少し考えてから答えた。

「簡単ですわ」

 チョコを一粒、口に入れる。

「私は、“買う人”を増やしたいわけではありません」

「“選ぶ人”だけ、来ればいいのです」

 



 

 選ぶ。
 納得して。
 自分の意思で。

 それ以外は、どうでもいい。

 



 

 夜。

 エオリアは、帳簿も見ず、報告書も読まず、早めにベッドに入った。

「今日も、よく食べましたわ」

 それで、一日は十分だ。

 



 

 灯りを落とす前、彼女は静かに呟く。

「選択肢は、二つだけでいいのです」

 ――買う。
 ――買わない。

「それ以上、用意する必要はありませんわ」

 そう言って、目を閉じる。

 エオリア・フロステリアは、
 今日も誰かを導かず、
 誰かを納得させず、
 ただ“置いておくだけ”の一日を終えた。

 そして明日もまた、
 同じ選択肢だけが、
 静かに並べられる。
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