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第14話 何も変えないという決断は、案外いちばん手間がかかりませんわ
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第14話 何も変えないという決断は、案外いちばん手間がかかりませんわ
朝。
エオリア・フロステリアは、目覚めてすぐに違和感を覚えた。
「……静かですわね」
昨日まで感じていた、あの“様子見の視線”がない。
屋敷の外から伝わってくる気配は、いつも通り――いや、むしろ落ち着いている。
「外は、どうなっていますの?」
「行列は、いつも通りです。
見物だけの方は、ほとんどいません」
「……そう」
それだけで、少し機嫌がよくなる。
◆
朝食後。
エオリアはソファに座り、チョコレートを一粒つまんだ。
「……安定していますわ」
特別に美味しいわけでも、悪いわけでもない。
だが、“昨日と同じ”という事実が、何より心地いい。
彼女は、満足そうに頷いた。
「変えない判断は、正しかったようですわね」
◆
昼前。
エレナが、控えめに報告する。
「お嬢様。最近、“何も変わらないから安心する”という声が多いようです」
「……そう言われても、困りますわ」
眉をひそめる。
「私は、安心させるためにやっているわけではありません」
「承知しています」
◆
エオリアは、少しだけ考えた。
「ですが……期待されるよりは、まだましですわね」
“何かが起こる”と期待されるのは面倒だ。
だが、“起こらない”と分かっているなら、干渉も減る。
それは、彼女にとって好都合だった。
◆
午後。
全自動チョコレート製造魔法は、今日も同じ速度で稼働している。
止める理由はない。
早める理由もない。
エオリアは、製造風景を一瞬だけ眺めてから、視線を外した。
「……見ている必要もありませんわね」
信頼しているわけではない。
ただ、気にする価値がないだけだ。
◆
販売時間。
今日も、淡々と人が流れ、淡々と箱が減る。
騒ぐ者はいない。
焦る者もいない。
“今日買えなくても、明日がある”。
その前提が、完全に定着していた。
◆
エオリアは、その様子を報告で聞くだけで、外に出なかった。
「問題は?」
「ありません」
「なら、それで結構ですわ」
◆
夕方。
エレナが、少しだけ不思議そうに言う。
「……最近、“お嬢様は何も変えないから信用できる”と言われています」
「……評価しないでくださいな」
即座に返す。
「信用も、不要です」
「ですが……」
「信用されると、責任が発生します」
淡々とした声だった。
「私は、それを避けているのですわ」
◆
夜。
エオリアは、ベッドに入る前に、今日最後のチョコを口に含む。
「……うん。今日も、同じです」
それが、何よりの成果だった。
◆
灯りを落としながら、彼女は静かに考える。
変えない。
応えない。
主張しない。
それは、怠惰ではない。
むしろ、最も効率のいい生き方だ。
「何も変えないという決断は……」
小さく、独り言。
「案外、いちばん手間がかかりませんわね」
そう結論づけて、目を閉じる。
エオリア・フロステリアは、
今日も何もしないまま、
変わらない甘さと快適さに包まれて、眠りについた。
朝。
エオリア・フロステリアは、目覚めてすぐに違和感を覚えた。
「……静かですわね」
昨日まで感じていた、あの“様子見の視線”がない。
屋敷の外から伝わってくる気配は、いつも通り――いや、むしろ落ち着いている。
「外は、どうなっていますの?」
「行列は、いつも通りです。
見物だけの方は、ほとんどいません」
「……そう」
それだけで、少し機嫌がよくなる。
◆
朝食後。
エオリアはソファに座り、チョコレートを一粒つまんだ。
「……安定していますわ」
特別に美味しいわけでも、悪いわけでもない。
だが、“昨日と同じ”という事実が、何より心地いい。
彼女は、満足そうに頷いた。
「変えない判断は、正しかったようですわね」
◆
昼前。
エレナが、控えめに報告する。
「お嬢様。最近、“何も変わらないから安心する”という声が多いようです」
「……そう言われても、困りますわ」
眉をひそめる。
「私は、安心させるためにやっているわけではありません」
「承知しています」
◆
エオリアは、少しだけ考えた。
「ですが……期待されるよりは、まだましですわね」
“何かが起こる”と期待されるのは面倒だ。
だが、“起こらない”と分かっているなら、干渉も減る。
それは、彼女にとって好都合だった。
◆
午後。
全自動チョコレート製造魔法は、今日も同じ速度で稼働している。
止める理由はない。
早める理由もない。
エオリアは、製造風景を一瞬だけ眺めてから、視線を外した。
「……見ている必要もありませんわね」
信頼しているわけではない。
ただ、気にする価値がないだけだ。
◆
販売時間。
今日も、淡々と人が流れ、淡々と箱が減る。
騒ぐ者はいない。
焦る者もいない。
“今日買えなくても、明日がある”。
その前提が、完全に定着していた。
◆
エオリアは、その様子を報告で聞くだけで、外に出なかった。
「問題は?」
「ありません」
「なら、それで結構ですわ」
◆
夕方。
エレナが、少しだけ不思議そうに言う。
「……最近、“お嬢様は何も変えないから信用できる”と言われています」
「……評価しないでくださいな」
即座に返す。
「信用も、不要です」
「ですが……」
「信用されると、責任が発生します」
淡々とした声だった。
「私は、それを避けているのですわ」
◆
夜。
エオリアは、ベッドに入る前に、今日最後のチョコを口に含む。
「……うん。今日も、同じです」
それが、何よりの成果だった。
◆
灯りを落としながら、彼女は静かに考える。
変えない。
応えない。
主張しない。
それは、怠惰ではない。
むしろ、最も効率のいい生き方だ。
「何も変えないという決断は……」
小さく、独り言。
「案外、いちばん手間がかかりませんわね」
そう結論づけて、目を閉じる。
エオリア・フロステリアは、
今日も何もしないまま、
変わらない甘さと快適さに包まれて、眠りについた。
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