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第13話 期待されないようにしているのに、勝手に期待されるのは解せませんわ
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第13話 期待されないようにしているのに、勝手に期待されるのは解せませんわ
朝。
エオリア・フロステリアは、珍しく少しだけ眉をひそめて目を覚ました。
「……静かすぎますわね」
音がない。
鳥の声も、人の気配も、いつもより遠い。
嫌な予感がしたわけではない。
ただ、“予定外”の気配がしただけだ。
◆
朝食を終え、紅茶を飲んでいると、エレナが報告に来た。
「お嬢様。今朝は、販売時間前に並ぶ方が……ほとんどいません」
「……それは、いいことですわね」
即答だった。
「行列は、短いほうがいいですもの」
「……はい。ただ――」
「ただ?」
「代わりに、“見に来ているだけ”の人が増えています」
◆
エオリアは、ゆっくりと紅茶を置いた。
「……買わないのに、ですか?」
「はい。
“今日は何が出るのか”“変わったことはないか”と……」
「……何も変わりませんわ」
むしろ、変える気がない。
◆
窓際に立ち、少しだけ外を眺める。
確かに、人は少ない。
だが、その分、視線が増えている。
「……困りましたわね」
初めて、ほんの少しだけ“困った”という感情が浮かぶ。
◆
「お嬢様、どうなさいますか?」
「……何もしません」
少し考えてから、結論は同じだった。
「何もしなければ、期待は裏切れませんもの」
◆
昼前。
全自動チョコレート製造魔法は、今日も一定のリズムで稼働している。
作る。
冷やす。
包む。
変化はない。
エオリアは試作品を口に入れ、目を閉じた。
「……昨日と同じ味ですわ」
満足でも不満でもない。
“安定”という意味で、合格だった。
◆
昼過ぎ。
屋敷の前で、少しだけざわめきが起きた。
販売時間にはまだ早い。
「……何事ですの?」
「どうやら、“今日は買わないが、顔を見たい”という方が……」
「……見世物ではありませんわ」
きっぱりと言い切る。
◆
エオリアは、深くため息をついた。
「私が出ないから、様子を見に来る。
様子を見に来るから、また気にされる」
悪循環だ。
◆
「……では、こうしましょう」
彼女は、淡々と対策を口にした。
「販売開始時刻を、今日から五分だけ遅らせます」
「五分、ですか?」
「ええ。理由はありません」
「……はい?」
「理由があるから、意味を探されるのですわ」
◆
エレナは、少し考えてから頷いた。
「……確かに」
◆
販売時間。
予定より五分遅れで、扉が開いた。
説明も告知もない。
人々は戸惑いながらも、騒がなかった。
なぜなら――
“いつも通り買える”と、もう分かっているからだ。
◆
夕方。
販売は、問題なく終了した。
特別な反応も、騒ぎもない。
それでも、“見に来るだけ”の人は、少し減っていた。
◆
夜。
エオリアは、いつものように最後の一粒を口に入れる。
「……美味しいですわ」
変わらない。
それが、いちばん重要だった。
◆
「お嬢様」
エレナが、控えめに言う。
「皆さん、“何か起こるのでは”と期待しているようです」
「……困りますわね」
エオリアは、真顔で答えた。
「私は、何も起こす気がありません」
◆
ベッドに入り、灯りを落とす前に、彼女は静かに呟いた。
「期待されないようにしているのに、
勝手に期待されるのは――本当に、解せませんわ」
それでも、考えるのはそこまで。
明日も、同じ味。
同じ量。
同じ生活。
変わらないことこそが、
彼女にとっての“正解”だった。
エオリア・フロステリアは、
今日も何もしないまま、
余計な期待を置き去りにして、眠りについた。
朝。
エオリア・フロステリアは、珍しく少しだけ眉をひそめて目を覚ました。
「……静かすぎますわね」
音がない。
鳥の声も、人の気配も、いつもより遠い。
嫌な予感がしたわけではない。
ただ、“予定外”の気配がしただけだ。
◆
朝食を終え、紅茶を飲んでいると、エレナが報告に来た。
「お嬢様。今朝は、販売時間前に並ぶ方が……ほとんどいません」
「……それは、いいことですわね」
即答だった。
「行列は、短いほうがいいですもの」
「……はい。ただ――」
「ただ?」
「代わりに、“見に来ているだけ”の人が増えています」
◆
エオリアは、ゆっくりと紅茶を置いた。
「……買わないのに、ですか?」
「はい。
“今日は何が出るのか”“変わったことはないか”と……」
「……何も変わりませんわ」
むしろ、変える気がない。
◆
窓際に立ち、少しだけ外を眺める。
確かに、人は少ない。
だが、その分、視線が増えている。
「……困りましたわね」
初めて、ほんの少しだけ“困った”という感情が浮かぶ。
◆
「お嬢様、どうなさいますか?」
「……何もしません」
少し考えてから、結論は同じだった。
「何もしなければ、期待は裏切れませんもの」
◆
昼前。
全自動チョコレート製造魔法は、今日も一定のリズムで稼働している。
作る。
冷やす。
包む。
変化はない。
エオリアは試作品を口に入れ、目を閉じた。
「……昨日と同じ味ですわ」
満足でも不満でもない。
“安定”という意味で、合格だった。
◆
昼過ぎ。
屋敷の前で、少しだけざわめきが起きた。
販売時間にはまだ早い。
「……何事ですの?」
「どうやら、“今日は買わないが、顔を見たい”という方が……」
「……見世物ではありませんわ」
きっぱりと言い切る。
◆
エオリアは、深くため息をついた。
「私が出ないから、様子を見に来る。
様子を見に来るから、また気にされる」
悪循環だ。
◆
「……では、こうしましょう」
彼女は、淡々と対策を口にした。
「販売開始時刻を、今日から五分だけ遅らせます」
「五分、ですか?」
「ええ。理由はありません」
「……はい?」
「理由があるから、意味を探されるのですわ」
◆
エレナは、少し考えてから頷いた。
「……確かに」
◆
販売時間。
予定より五分遅れで、扉が開いた。
説明も告知もない。
人々は戸惑いながらも、騒がなかった。
なぜなら――
“いつも通り買える”と、もう分かっているからだ。
◆
夕方。
販売は、問題なく終了した。
特別な反応も、騒ぎもない。
それでも、“見に来るだけ”の人は、少し減っていた。
◆
夜。
エオリアは、いつものように最後の一粒を口に入れる。
「……美味しいですわ」
変わらない。
それが、いちばん重要だった。
◆
「お嬢様」
エレナが、控えめに言う。
「皆さん、“何か起こるのでは”と期待しているようです」
「……困りますわね」
エオリアは、真顔で答えた。
「私は、何も起こす気がありません」
◆
ベッドに入り、灯りを落とす前に、彼女は静かに呟いた。
「期待されないようにしているのに、
勝手に期待されるのは――本当に、解せませんわ」
それでも、考えるのはそこまで。
明日も、同じ味。
同じ量。
同じ生活。
変わらないことこそが、
彼女にとっての“正解”だった。
エオリア・フロステリアは、
今日も何もしないまま、
余計な期待を置き去りにして、眠りについた。
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