エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾

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第18話 「並ばなくていい」と言われて、本当に並ばなくなる人たち

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第18話 「並ばなくていい」と言われて、本当に並ばなくなる人たち

 朝。

 エオリア・フロステリアは、ベッドの中で目を閉じたまま、外の気配を探っていた。

「……今日は、さらに減りましたわね」

 それは確信に近い感覚だった。

 人の多さではなく、空気の密度。
 あの“様子見”特有のざわつきが、ほとんど消えている。

 



 

 起床後、エレナが報告する。

「行列は……昨日より三割ほど短いです」

「想定通りですわ」

「……よろしいのですか?」

「ええ。むしろ、理想的です」

 



 

 エオリアは紅茶を一口飲み、ゆっくり息を吐いた。

「“並ばなくていい”と理解した人は、本当に並ばなくなります」

「それは……売上が減るのでは?」

「売上は、減りませんわ」

 淡々とした声。

「人数が減る代わりに、一人あたりの量が増えますもの」

 



 

 事実、その通りだった。

 列に並んでいる者たちは、すでに“慣れている”。

 買えると分かっている。
 焦る必要がない。
 だからこそ、必要な分をまとめて買う。

 



 

 正午。

 販売開始。

 今日の列は短いが、動きは遅い。

「……あの方、箱を十五」

「こちらは二十」

 報告を聞いても、エオリアは何も言わない。

「一回ですわね」

「はい。一回です」

 それで終わり。

 



 

 途中、こんな声が聞こえた。

「今日は並ばなくて済んだわね」

「昨日は混んでたし、今日は楽」

「じゃあ、明日は来なくてもいいかも」

 それを聞いたエレナが、少し不安そうに言う。

「……“来なくてもいい”と言われていますが……」

「結構ですわ」

 エオリアは、即答した。

「来なくてもいい、という選択肢があるからこそ、来る意味が生まれます」

 



 

 彼女は、はっきりと理解していた。

 “毎日並ばなければならない”と思った瞬間、
 人は疲れ、苛立ち、要求を始める。

 それを避けるには――
 期待を削るしかない。

 



 

 午後。

 今日の販売は、いつもより少し早く終わった。

 売り切れ。

 ただ、それだけ。

「……終了です」

「お疲れさまでした」

「何もしていませんわ」

 



 

 屋敷に戻り、エオリアは自分用のチョコを選ぶ。

「……今日は、これですわね」

 特に理由はない。
 ただ、目についたから。

 



 

 エレナが、少し躊躇いながら口を開く。

「最近、“並ばなくても買える店”として認識され始めています」

「……良いことですわ」

「え?」

「並ばなくても買える、ということは――」

 エオリアは、チョコを一粒、口に入れてから続ける。

「並ぶこと自体が、選択になるということです」

 



 

 義務ではない。
 強制でもない。

 それでも並ぶ人だけが、並ぶ。

 その状態が、いちばん静かだ。

 



 

 夜。

 エオリアは、ソファで脚を伸ばし、くつろいでいた。

「……最近、ようやく“放っておく”という行為が、理解され始めましたわね」

「それは……お嬢様の意図通りですか?」

「ええ」

 小さく頷く。

「人は、放っておかれると、自分で距離を測ります」

「近づきすぎれば、疲れる。
 遠すぎれば、忘れる」

「その間に、自然に収まる場所が生まれます」

 



 

 エレナは、静かに息を吐いた。

「……不思議なやり方です」

「不思議で結構ですわ」

 エオリアは、微笑みもしない。

「理解されなくても、困りません」

 



 

 寝る前。

 彼女は今日最後のチョコを口にし、満足そうに目を閉じた。

「……並ばなくていい、と言われて」

 小さく、独り言。

「本当に並ばなくなる人が増えたなら――」

 一拍、間を置いて。

「この場所は、ようやく“落ち着いた”ということですわね」

 そう結論づけて、灯りを消す。

 エオリア・フロステリアは、
 今日も人を呼ばず、
 人を追わず、
 ただ“置いてある甘さ”の中で、
 静かに眠りについた。

 明日もまた、
 並ぶ人は並び、
 並ばない人は並ばない。

 それでいい。
 それが、彼女の望んだ世界だった。
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