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第2話「泣き崩れる令嬢…のフリ」
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王宮の中庭。陽光が降り注ぎ、白い大理石の床が眩しく光っていた。
そこに、しとやかにひざをつく令嬢の姿があった。金糸を編み込んだ深紅のドレスが石畳に広がり、まるで咲き誇るバラのように鮮やかだ。
「……どうして……どうしてなのです、殿下……」
その声は震え、今にも涙が零れ落ちそうだった。
「私は……ただ、あなたのお傍にいたかっただけなのに……!」
貴族たちは騒然とし、周囲で見ていた女官や侍女たちは手を口元に当て、まるで悲劇の舞台の一幕を見ているかのような顔をしていた。
が――。
(ふふふ、完璧すぎるわ。これが“世を忍ぶ仮の涙”ってやつよ)
そう、彼女は泣いてなどいない。
令嬢――リオネッタ・フィオレ・エルバーナ公爵令嬢は、いま心の中で、祝いの打ち上げ花火を盛大に打ち上げていた。
(ついに……ついに自由を手に入れたわ!)
昨日まで王太子アルヴィスの婚約者として、完璧な淑女であることを求められ続けてきたリオネッタは、つい先ほど、王太子自らの口から「婚約破棄」を告げられたばかりだった。
理由は――。
『君は……完璧すぎて可愛げがないんだ。僕にはもっと素直で、普通の女の子が合っている』
とんでもない理屈である。貴族社会の誰もが驚いたその言葉に、王宮中が凍りついたのは言うまでもない。
だが当の本人、リオネッタは、内心でこう叫んでいた。
(待ってましたァアアアア!)
誰が好んで“王妃教育”なんぞを受けたいと思うか。規則だらけ、口うるさい老貴族たち、しかも隣にいるのは自己愛が渋滞した王太子様である。
そんな毎日からついに、解放されたのだ。
「……うぅ……っ」
リオネッタは片手で顔を覆い、肩を震わせる。
「まさか……こんな形で終わってしまうなんて……っ」
その芝居は、百戦錬磨の女優も舌を巻くほど見事だった。
「リオネッタ様……お気の毒に……」 「なんて無慈悲な王太子殿下……!」
周囲の貴族たちは皆、リオネッタに同情し、王太子に非難の目を向けていた。
(よしよし、予定通り。同情ポイント爆上げ中!)
リオネッタは、うっすらと指の隙間から群衆の反応を観察しながら、内心でチェックリストを更新していく。
――悲劇のヒロイン演出:達成
――王太子への世論のヘイト集中:達成
――次は、記者の前で涙を見せて人気獲得!
「……リオネッタ嬢、お身体は大丈夫ですか?」
控えていた騎士が声をかけてくる。
リオネッタはわざとふらりと立ち上がり、か細く微笑んで見せた。
「ご心配、ありがとうございます……。ですが……私は大丈夫ですわ。殿下の決定に……逆らうなど、できませんもの」
(ふふっ、どう? 強くて健気なヒロイン演出も、バッチリよね)
周囲の人々の胸が一斉に締めつけられる音が聞こえそうだった。
「なんて健気なお方だ……」 「王妃にふさわしいのは、やはりリオネッタ様だったのでは……?」
場は完全に彼女のものだった。
――が、ふと一人の声が場を割った。
「王太子殿下が選ばれたのは、平民の娘だとか……」
「リリィとかいう、平民の出の娘が、あの完璧な公爵令嬢に勝ったとでも……?」
ざわ……ざわ……
空気が変わった。
(あらら……噂って広まるの、早すぎじゃない?)
思わずリオネッタも苦笑しそうになるのをこらえる。
(まあ、いいわ。こうなることも想定済み)
むしろ、王太子が選んだ“新しい婚約者”がリオネッタと比較されてしまえば、彼の株がガタ落ちするのは必至だ。
事実、王宮の女官たちの間では既に、
「どうしてあんな素朴な娘が……?」 「王太子様、節穴すぎませんか……?」
と、ざわめきが広がりつつあった。
(リオネッタ劇場、第1幕は大成功……♡)
その時、侍女のミーナが慌てて駆け寄ってきた。
「お嬢様……! 大丈夫ですか!?」
「ミーナ……ごめんなさい、取り乱して……」
リオネッタは、控えめに涙を拭う仕草をしながら、そっとミーナの手を取る。
その様子に周囲の人々は、さらに涙腺を刺激されたようだった。
――だが、ミーナだけは知っていた。
(お嬢様、目が笑っておられます! とても“取り乱して”などいませんっ!)
だが、その計算し尽くされた女優魂に、ミーナは思わず脱帽する。
(これが……エルバーナ家の令嬢……!)
ミーナの脳裏に、リオネッタが幼い頃から“完璧”を演じてきた日々がよぎる。
誰よりも努力し、誰よりも我慢し、そして今――初めて、自由を勝ち取った。
そのことを知る彼女だけは、誰よりも強く、こう願っていた。
(どうか……お嬢様に、真の幸せが訪れますように)
そうして――。
リオネッタは、王宮から颯爽と去っていった。
まるで、舞台の幕が下りたかのように、美しく、完璧に。
(さあて、次は“新生活”の準備ね。自由時間と、お茶会と、お昼寝と……)
リオネッタの胸の内は、計画でパンパンに膨らんでいた。
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そこに、しとやかにひざをつく令嬢の姿があった。金糸を編み込んだ深紅のドレスが石畳に広がり、まるで咲き誇るバラのように鮮やかだ。
「……どうして……どうしてなのです、殿下……」
その声は震え、今にも涙が零れ落ちそうだった。
「私は……ただ、あなたのお傍にいたかっただけなのに……!」
貴族たちは騒然とし、周囲で見ていた女官や侍女たちは手を口元に当て、まるで悲劇の舞台の一幕を見ているかのような顔をしていた。
が――。
(ふふふ、完璧すぎるわ。これが“世を忍ぶ仮の涙”ってやつよ)
そう、彼女は泣いてなどいない。
令嬢――リオネッタ・フィオレ・エルバーナ公爵令嬢は、いま心の中で、祝いの打ち上げ花火を盛大に打ち上げていた。
(ついに……ついに自由を手に入れたわ!)
昨日まで王太子アルヴィスの婚約者として、完璧な淑女であることを求められ続けてきたリオネッタは、つい先ほど、王太子自らの口から「婚約破棄」を告げられたばかりだった。
理由は――。
『君は……完璧すぎて可愛げがないんだ。僕にはもっと素直で、普通の女の子が合っている』
とんでもない理屈である。貴族社会の誰もが驚いたその言葉に、王宮中が凍りついたのは言うまでもない。
だが当の本人、リオネッタは、内心でこう叫んでいた。
(待ってましたァアアアア!)
誰が好んで“王妃教育”なんぞを受けたいと思うか。規則だらけ、口うるさい老貴族たち、しかも隣にいるのは自己愛が渋滞した王太子様である。
そんな毎日からついに、解放されたのだ。
「……うぅ……っ」
リオネッタは片手で顔を覆い、肩を震わせる。
「まさか……こんな形で終わってしまうなんて……っ」
その芝居は、百戦錬磨の女優も舌を巻くほど見事だった。
「リオネッタ様……お気の毒に……」 「なんて無慈悲な王太子殿下……!」
周囲の貴族たちは皆、リオネッタに同情し、王太子に非難の目を向けていた。
(よしよし、予定通り。同情ポイント爆上げ中!)
リオネッタは、うっすらと指の隙間から群衆の反応を観察しながら、内心でチェックリストを更新していく。
――悲劇のヒロイン演出:達成
――王太子への世論のヘイト集中:達成
――次は、記者の前で涙を見せて人気獲得!
「……リオネッタ嬢、お身体は大丈夫ですか?」
控えていた騎士が声をかけてくる。
リオネッタはわざとふらりと立ち上がり、か細く微笑んで見せた。
「ご心配、ありがとうございます……。ですが……私は大丈夫ですわ。殿下の決定に……逆らうなど、できませんもの」
(ふふっ、どう? 強くて健気なヒロイン演出も、バッチリよね)
周囲の人々の胸が一斉に締めつけられる音が聞こえそうだった。
「なんて健気なお方だ……」 「王妃にふさわしいのは、やはりリオネッタ様だったのでは……?」
場は完全に彼女のものだった。
――が、ふと一人の声が場を割った。
「王太子殿下が選ばれたのは、平民の娘だとか……」
「リリィとかいう、平民の出の娘が、あの完璧な公爵令嬢に勝ったとでも……?」
ざわ……ざわ……
空気が変わった。
(あらら……噂って広まるの、早すぎじゃない?)
思わずリオネッタも苦笑しそうになるのをこらえる。
(まあ、いいわ。こうなることも想定済み)
むしろ、王太子が選んだ“新しい婚約者”がリオネッタと比較されてしまえば、彼の株がガタ落ちするのは必至だ。
事実、王宮の女官たちの間では既に、
「どうしてあんな素朴な娘が……?」 「王太子様、節穴すぎませんか……?」
と、ざわめきが広がりつつあった。
(リオネッタ劇場、第1幕は大成功……♡)
その時、侍女のミーナが慌てて駆け寄ってきた。
「お嬢様……! 大丈夫ですか!?」
「ミーナ……ごめんなさい、取り乱して……」
リオネッタは、控えめに涙を拭う仕草をしながら、そっとミーナの手を取る。
その様子に周囲の人々は、さらに涙腺を刺激されたようだった。
――だが、ミーナだけは知っていた。
(お嬢様、目が笑っておられます! とても“取り乱して”などいませんっ!)
だが、その計算し尽くされた女優魂に、ミーナは思わず脱帽する。
(これが……エルバーナ家の令嬢……!)
ミーナの脳裏に、リオネッタが幼い頃から“完璧”を演じてきた日々がよぎる。
誰よりも努力し、誰よりも我慢し、そして今――初めて、自由を勝ち取った。
そのことを知る彼女だけは、誰よりも強く、こう願っていた。
(どうか……お嬢様に、真の幸せが訪れますように)
そうして――。
リオネッタは、王宮から颯爽と去っていった。
まるで、舞台の幕が下りたかのように、美しく、完璧に。
(さあて、次は“新生活”の準備ね。自由時間と、お茶会と、お昼寝と……)
リオネッタの胸の内は、計画でパンパンに膨らんでいた。
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