『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾

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第2話 降りる準備

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第2話 降りる準備

 婚約破棄から三日が過ぎた。

 王宮からの呼び出しはなかったが、代わりに手紙は増えた。
 同情、忠告、心配、あるいは探り。封蝋を見るだけで中身が想像できるものばかりで、ファーファは一通も開かなかった。

 机の上に積まれた封筒を眺め、静かに思う。

 ――やっぱり、めんどくさい。

 貴族社会というのは、放っておいても勝手に関わろうとしてくる。沈黙すら、意味を持たされる。それが煩わしかった。

「お嬢様、こちらは……」

 侍女が差し出してきたのは、家宰からの報告書だった。
 領地の収支、屋敷の維持費、使用人の名簿。どれも、これまで当たり前のように管理されてきたものだ。

 ファーファは椅子に腰掛け、目を通す。

 問題はない。
 赤字もない。
 領民の生活も安定している。

 ――だからこそ。

「これ、全部いらないわ」

 侍女が、言葉を失った。

「……全部、でございますか?」

「ええ」

 爵位も。
 領地も。
 この屋敷も。

 どれも、ファーファが欲しかったものではない。生まれた時から与えられていただけで、努力して手に入れたわけでもない。

 そして、これから守るために動く気もなかった。

「売ります」

 淡々と告げると、侍女の顔色が変わった。

「お、お待ちください! それは……あまりにも……」

「変?」

「い、いえ……前例が……」

 前例がない。
 それはつまり、「めんどくさい」の代表例だ。

「前例がないなら、作らなくていいです」

 ファーファは静かに立ち上がった。

 領地には領民がいる。
 そこだけは、どうでもよくはなかった。

 だから条件は、最初から決まっている。

 変な相手には売らない。
 領民が困らない相手にだけ売る。
 そして――自分は一切、関わらない。

 それ以上の責任を負うつもりはなかった。

「買い手の条件をまとめてください」

「……お嬢様?」

「名領主であること。経営実績があること。政治的に安定していること。あと……」

 少し考えてから、付け足す。

「面倒な理想を語らない人」

 侍女は困惑しながらも、ゆっくりと頷いた。

 数日後、候補が挙がった。

 その中に、一人だけ、条件に合致する人物がいた。

 名領主と評判の辺境伯。
 王都に近い領地を持ち、領地経営は堅実。派閥争いにも深入りしない。

 理由を聞くと、答えは簡潔だった。

「王都に近くて、便利だからだそうです」

 ファーファは、その言葉を聞いて少しだけ口元を緩めた。

「いいですね」

 感情ではなく、利便性。
 だから信用できる。

 交渉は驚くほど早く進んだ。
 感傷的な言葉も、引き止めもない。

「条件は理解した」

 辺境伯はそう言い、書類に目を通す。

「領民の生活は、今より悪くしない」

「それで十分です」

「……あっさりしているな」

「貴族、めんどくさいので」

 一瞬の沈黙の後、辺境伯は小さく息を吐いた。

「合理的だ」

 それだけ言って、署名した。

 その日を境に、ファーファ・ノクティスは“降りる準備”を始めた。

 役割から。
 立場から。
 評価される場所から。

 誰もが必死にしがみつく舞台を、
 彼女は、静かに降りていく。

 それが一番、楽だった。


---

次はどう進めますか?

👉 第3話(売却契約と所在秘匿条項)

👉 第3話を短めにして王宮側の動揺を入れる

👉 山に向かう直前まで一気に進める


この作品、
**“決断が淡々と進むほど強い”**です。
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