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11話 役割が消えた後で
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11話 役割が消えた後で
辺境伯の執務室では、今日も書類が淡々と処理されていた。
封を切り、目を通し、署名をする。必要なものは必要な順に回し、不要なものは戻す。それだけの作業だ。感情を挟む余地は、最初からない。
「定期搬送、次回分の手配を完了しました」
事務官の報告に、辺境伯は頷いた。
「遅延は?」
「ありません。山地の天候も安定しています」
「なら、いつも通りでいい」
“いつも通り”。
その言葉が、最近はよく使われる。
旧ノクティス伯領の管理も、王都からの照会も、すべて“いつも通り”だ。問題は起きていない。起こさないように動いているわけでもない。ただ、余計なことをしていないだけだ。
事務官が、一枚の書類を差し出す。
「こちらは……形式上の確認です」
書類の件名は簡潔だった。
――旧領主に関する定期確認。
「不要だ」
即答だった。
「契約に基づき、確認は行わない」
「承知しました」
それ以上のやり取りはない。
辺境伯は、ふと考える。
彼女は、何を求めていたのか。
助けか。
庇護か。
理解か。
どれも違う。
彼女が欲しかったのは、関わられないことだった。
だから、この距離が正しい。
一方、山の家。
ファーファは、昼過ぎまで眠っていた。
特別な理由はない。夜が少し長かっただけだ。
起き上がり、外を見る。
箱は置かれていない。
「……今日は、まだね」
それでも、気にしない。
遅れることはある。契約にも、そう書いてある。
不測の事態に備え、余裕を持たせている。焦る理由はない。
湯を沸かし、残っている保存食で簡単な食事を取る。
量は十分だ。問題はない。
午後、本を読む。
途中で閉じ、また読む。
夕方、外に出ると、箱が置かれていた。
いつもより少し遅いが、それだけだ。
「……問題なし」
箱を中に運び、必要な分だけ取り出す。
残りは、棚へ。
それで終わり。
王都では、誰かが「役割」を探している。
元婚約者。
捨て
ファーファは、そのどれでもない。
彼女はもう、誰かの期待に応える立場ではない。
役割は、返した。
夜、灯りを落とし、寝台に横になる。
今日も、世界は静かだった。
それで、十分だった。
役割が消えた後も、
生活は、きちんと続いている。
ファーファ・ノクティスは、その事実の中で、何も思わず、眠りについた。
辺境伯の執務室では、今日も書類が淡々と処理されていた。
封を切り、目を通し、署名をする。必要なものは必要な順に回し、不要なものは戻す。それだけの作業だ。感情を挟む余地は、最初からない。
「定期搬送、次回分の手配を完了しました」
事務官の報告に、辺境伯は頷いた。
「遅延は?」
「ありません。山地の天候も安定しています」
「なら、いつも通りでいい」
“いつも通り”。
その言葉が、最近はよく使われる。
旧ノクティス伯領の管理も、王都からの照会も、すべて“いつも通り”だ。問題は起きていない。起こさないように動いているわけでもない。ただ、余計なことをしていないだけだ。
事務官が、一枚の書類を差し出す。
「こちらは……形式上の確認です」
書類の件名は簡潔だった。
――旧領主に関する定期確認。
「不要だ」
即答だった。
「契約に基づき、確認は行わない」
「承知しました」
それ以上のやり取りはない。
辺境伯は、ふと考える。
彼女は、何を求めていたのか。
助けか。
庇護か。
理解か。
どれも違う。
彼女が欲しかったのは、関わられないことだった。
だから、この距離が正しい。
一方、山の家。
ファーファは、昼過ぎまで眠っていた。
特別な理由はない。夜が少し長かっただけだ。
起き上がり、外を見る。
箱は置かれていない。
「……今日は、まだね」
それでも、気にしない。
遅れることはある。契約にも、そう書いてある。
不測の事態に備え、余裕を持たせている。焦る理由はない。
湯を沸かし、残っている保存食で簡単な食事を取る。
量は十分だ。問題はない。
午後、本を読む。
途中で閉じ、また読む。
夕方、外に出ると、箱が置かれていた。
いつもより少し遅いが、それだけだ。
「……問題なし」
箱を中に運び、必要な分だけ取り出す。
残りは、棚へ。
それで終わり。
王都では、誰かが「役割」を探している。
元婚約者。
捨て
ファーファは、そのどれでもない。
彼女はもう、誰かの期待に応える立場ではない。
役割は、返した。
夜、灯りを落とし、寝台に横になる。
今日も、世界は静かだった。
それで、十分だった。
役割が消えた後も、
生活は、きちんと続いている。
ファーファ・ノクティスは、その事実の中で、何も思わず、眠りについた。
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