『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾

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12話 確認しない安心

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12話 確認しない安心

 朝の光が、いつもより少し強かった。

 ファーファは、目を覚ましてからも布にくるまったまま、天井を見ていた。鳥の声が遠くで聞こえる。風が木々を揺らす音も、昨日と同じだ。

 起きる理由は、特にない。

 だから、少しだけ遅らせる。

 やがて体を起こし、外套を羽織って扉を開ける。木の床が軋み、冷たい空気が頬に触れた。視線を落とすと、箱が置かれている。定位置。定間隔。

「……あるわね」

 それだけ確認して、持ち上げる。重さは変わらない。中身を想像する必要もない。契約は、想像を要しない。

 箱を中へ運び、蓋を開ける。保存食、油、乾燥果実、布。前回より、果実が少し多い。季節が進んだ証拠だ。

 必要な分だけ取り出し、棚に収める。残りは、そのまま。数を数えない。足りるかどうかも考えない。足りなくなるまでは、足りている。

 湯を沸かし、紅茶を淹れる。湯気が立ち上り、視界が一瞬曇る。椅子に腰掛け、カップを両手で包む。

 ――安心、という言葉は、使わない。

 安心は、何かを確認した結果として得るものだ。ここでは、確認する必要がない。確認しなくても、生活は回る。

 それが、この場所の良さだった。

 午前中は、本を読む。数頁進んで、止まる。外を見る。戻って、また読む。集中は断続的だが、邪魔は入らない。

 王都では、今頃も確認が行われているだろう。
 生きているか。
 困っていないか。
 後悔していないか。

 それらは、確認したい側の都合だ。

 昼になり、簡単な食事を取る。塩は少しだけ。味を整えるほどの意味はない。食べ終え、片付ける。

 午後、外に出る。家の周囲を一回りする。地面の感触、木の位置、影の伸び方。変わっていないことを、目でなぞる。

 変わらないことは、確認しやすい。

 夕方、雲が集まり、少し暗くなる。室内に戻り、火を整える。薪は足りている。足りているかどうかを、数えなくても分かる。

 王都では、誰かが「確認できない状態」を問題にしている。だが、ここでは確認できないことが、問題にならない。

 生きている。
 生活している。
 それで終わりだ。

 夜、灯りを落とし、寝台に横になる。
 今日も、確認は要らなかった。

 ファーファ・ノクティスは、
 確認しないことで保たれる安心の中で、
 静かに目を閉じた。

 世界が何を知りたがっているかは、
 もう、彼女の生活に影響しない。
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