『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』

鷹 綾

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13話 変わらない箱

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13話 変わらない箱

 朝、目を覚ますと、雨の音がしていた。

 屋根を打つ雨粒は規則的で、強すぎもしない。ファーファは布の中で少しだけ体を丸め、その音を聞いていた。外に出る理由はない。今日は、なおさら。

 しばらくして起き上がり、外套を羽織る。扉を開けると、湿った空気が流れ込んだ。足元を見る。

 箱は、いつもの場所にあった。

 雨に濡れないよう、簡素な覆いが掛けられている。細かい配慮だが、過剰ではない。契約に書いてある以上のことは、していない。そういう感じが、ちょうどいい。

「……変わらないわね」

 箱を中へ運び、蓋を開ける。保存食、油、乾燥豆、布。前回とほとんど同じ。違うのは、乾燥果実が少し減り、代わりに穀類が増えていることくらいだ。

 季節と在庫の調整。
 感情の入り込まない判断。

 必要な分だけ取り出し、棚に置く。残りは、そのまま。数は数えない。変化があれば気づくが、管理はしない。

 湯を沸かし、紅茶を淹れる。雨音が、室内の静けさをやわらかく埋める。椅子に腰掛け、湯気の向こうを眺める。

 王都では、きっと「変化」を探している。
 生活が破綻していないか。
 助けを求める兆しはないか。

 だが、ここにあるのは、変わらない箱と、変わらない朝だ。

 午前中は、本を読む。雨音が続き、ページをめくる音だけが加わる。集中しているわけでもない。時間を潰しているわけでもない。雨が降っているから、そうしているだけだ。

 昼、簡単な食事を取る。温かいものが欲しくなり、鍋に湯を足す。味付けは控えめ。満足も不満もない。

 午後、雨は少し弱まった。外に出て、家の周囲を一回りする。地面は湿っているが、ぬかるむほどではない。木々は動かず、道はそのままだ。

 ――何も変わっていない。

 それを確認して、戻る。

 夕方、雲が切れ、光が差す。箱の覆いを外し、乾かしておく。次に使うかどうかは分からないが、置き場所は決まっている。

 夜、灯りを落とし、寝台に横になる。

 今日も、箱は届いた。
 今日も、生活は回った。

 変わらないことは、退屈ではない。
 変わらないから、考えなくていい。

 ファーファ・ノクティスは、
 変わらない箱を境界線にして、
 世界と距離を保ったまま、静かに眠りについた。
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