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23話 期待しない暮らし
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23話 期待しない暮らし
朝、空がゆっくりと明るくなっていくのを、ファーファは寝台の上から眺めていた。
すぐに起き上がる気はない。眠気が残っているわけでも、体が重いわけでもない。ただ、起きる理由がまだ見当たらなかった。理由が見つかるまで動かない。それは怠慢ではなく、ここで身についた自然な判断だ。
しばらくして、静かに体を起こす。床に足を下ろすと、昨日と同じ冷たさが伝わる。変わらない感触は、安心を与えるというより、「考えなくていい」という合図に近い。
外套を羽織り、扉を開ける。
空気は澄み、山は穏やかだった。風は弱く、鳥の声が遠くで聞こえる。騒がしさはなく、だが完全な無音でもない。人の都合を押し付けない、ちょうどいい存在感。
箱は、置かれていた。
いつもと同じ場所、同じ向き。新しさも、特別感もない。それを確認しただけで、ファーファはそれ以上気に留めなかった。期待していないから、裏切られもしない。
箱を中へ運び、蓋を開ける。内容は変わらない。保存食、乾燥野菜、油、布。量も質も、ほぼ一定だ。過剰でも、不足でもない。
王都にいた頃、期待は常に強制されていた。
期待され、期待し、応え、また期待される。
期待は連鎖し、最後には重荷になる。
ここでは、誰も期待していない。
だから、失望も存在しない。
必要な分だけ取り出し、棚に置く。残りは箱に戻す。把握しすぎない。計画しすぎない。計画は、期待を生む。
湯を沸かし、紅茶を淹れる。今日は少し香りが弱い気がしたが、だからといって別の茶葉を探す気にはならなかった。弱ければ弱いなりに、飲めばいい。
椅子に座り、カップを手に取る。温かさが指先に伝わる。それだけで、朝としては十分だ。
午前中、本を開く。文字を追い、途中で視線を外す。内容を覚えようとしない。覚えたところで、誰かに問われることはない。
期待されない知識は、ただそこにある。
昼、簡単な食事を取る。味は淡泊で、印象に残らない。だが、印象に残らないということは、身体に無理をさせていないということでもある。
食後、椅子に座ったまま、外を見る。雲が流れ、影が動く。何かが起きそうな気配はない。だが、それを退屈だとは思わなかった。
期待しない暮らしは、刺激が少ない。
しかし、刺激が少ないからこそ、疲れない。
午後、外に出る。家の周囲を一回りし、地面や木々の様子を見る。特別な変化はない。それを確認して、戻る。
王都では、「変化がない」は怠慢の証だった。
ここでは、「変化がない」は成功の証だ。
夕方、空気が少し冷え、光が柔らかくなる。火を入れ、室内を整える。炎の揺れを見ながら、ファーファはふと思う。
――何も期待されていないというのは、
――なんて、楽なのだろう。
期待されないから、応える必要がない。
応えないから、評価も不要だ。
夜、灯りを落とし、寝台に横になる。
今日も、誰からも期待されなかった。
そして、自分自身にも、何も期待しなかった。
ファーファ・ノクティスは、
期待しない暮らしの中で、
自分を奮い立たせることも、
戒めることもなく、生きている。
それは諦めではない。
期待という重荷を、
最初から背負わない生き方だ。
静かな呼吸の中で、
彼女は今日という一日を、
何事もなく、終わらせた。
朝、空がゆっくりと明るくなっていくのを、ファーファは寝台の上から眺めていた。
すぐに起き上がる気はない。眠気が残っているわけでも、体が重いわけでもない。ただ、起きる理由がまだ見当たらなかった。理由が見つかるまで動かない。それは怠慢ではなく、ここで身についた自然な判断だ。
しばらくして、静かに体を起こす。床に足を下ろすと、昨日と同じ冷たさが伝わる。変わらない感触は、安心を与えるというより、「考えなくていい」という合図に近い。
外套を羽織り、扉を開ける。
空気は澄み、山は穏やかだった。風は弱く、鳥の声が遠くで聞こえる。騒がしさはなく、だが完全な無音でもない。人の都合を押し付けない、ちょうどいい存在感。
箱は、置かれていた。
いつもと同じ場所、同じ向き。新しさも、特別感もない。それを確認しただけで、ファーファはそれ以上気に留めなかった。期待していないから、裏切られもしない。
箱を中へ運び、蓋を開ける。内容は変わらない。保存食、乾燥野菜、油、布。量も質も、ほぼ一定だ。過剰でも、不足でもない。
王都にいた頃、期待は常に強制されていた。
期待され、期待し、応え、また期待される。
期待は連鎖し、最後には重荷になる。
ここでは、誰も期待していない。
だから、失望も存在しない。
必要な分だけ取り出し、棚に置く。残りは箱に戻す。把握しすぎない。計画しすぎない。計画は、期待を生む。
湯を沸かし、紅茶を淹れる。今日は少し香りが弱い気がしたが、だからといって別の茶葉を探す気にはならなかった。弱ければ弱いなりに、飲めばいい。
椅子に座り、カップを手に取る。温かさが指先に伝わる。それだけで、朝としては十分だ。
午前中、本を開く。文字を追い、途中で視線を外す。内容を覚えようとしない。覚えたところで、誰かに問われることはない。
期待されない知識は、ただそこにある。
昼、簡単な食事を取る。味は淡泊で、印象に残らない。だが、印象に残らないということは、身体に無理をさせていないということでもある。
食後、椅子に座ったまま、外を見る。雲が流れ、影が動く。何かが起きそうな気配はない。だが、それを退屈だとは思わなかった。
期待しない暮らしは、刺激が少ない。
しかし、刺激が少ないからこそ、疲れない。
午後、外に出る。家の周囲を一回りし、地面や木々の様子を見る。特別な変化はない。それを確認して、戻る。
王都では、「変化がない」は怠慢の証だった。
ここでは、「変化がない」は成功の証だ。
夕方、空気が少し冷え、光が柔らかくなる。火を入れ、室内を整える。炎の揺れを見ながら、ファーファはふと思う。
――何も期待されていないというのは、
――なんて、楽なのだろう。
期待されないから、応える必要がない。
応えないから、評価も不要だ。
夜、灯りを落とし、寝台に横になる。
今日も、誰からも期待されなかった。
そして、自分自身にも、何も期待しなかった。
ファーファ・ノクティスは、
期待しない暮らしの中で、
自分を奮い立たせることも、
戒めることもなく、生きている。
それは諦めではない。
期待という重荷を、
最初から背負わない生き方だ。
静かな呼吸の中で、
彼女は今日という一日を、
何事もなく、終わらせた。
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