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第14話「近づかないという介入」
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第14話「近づかないという介入」
マルティナ・ヴァインベルクは、王城に戻らなかった。
それは、逃げではない。
そして、躊躇でもない。
(戻った瞬間、
全部が台無しになる)
彼女は、そう判断していた。
王城という場所は、
人の立場と関係性がすべてを歪める。
元婚約者。
追い出された女。
意見を言って嫌われた存在。
その肩書を背負ったまま近づけば、
事実ですら、感情として処理される。
(だから、近づかない)
マルティナは、情報だけを見ることに決めた。
彼女が最初に動かしたのは、
人ではなく、記録だった。
各国の商会。
交易の窓口。
独立した会計士。
かつて、彼女が整えた“非公式な連絡線”。
王太子の婚約者であった頃、
表に出せない調整を行うために、
静かに作ってきたものだ。
(……生きてる)
連絡線は、まだ機能していた。
表向きは、
「一貴族からの市場確認」。
誰も、彼女が“王城内部を見ている”とは思わない。
数日後。
返ってきた報告は、
彼女の予想を裏切らなかった。
「関税の条文変更、
明らかに不利です」
「国内産業の撤退、
加速しています」
「隣国側は、
“交渉余地がある”という姿勢ですが……」
マルティナは、資料を並べ、静かに結論づける。
(意図的じゃない)
オスカーは、
策略を巡らせるほど賢くない。
(でも、
操る側にとっては、
理想的な愚かさ)
次に、彼女は“人の動き”を見る。
城から離れた官僚。
突然、職を解かれた役人。
理由の説明を受けていない者。
その共通点は、
驚くほど分かりやすかった。
(止めた人間から、消えている)
それは、かつて自分が立っていた場所だ。
マルティナは、苦笑する。
「……分かりやすいわね」
だが、同時に。
(ここまで単純なら、
“操っている側”は、
相当、慎重)
粗雑な手は使っていない。
命令も、直接は出ていない。
すべて、
王太子自身の判断に見える形で行われている。
(フローラ・エヴァンス)
その名前を、
心の中で反芻する。
一方、王城。
フローラは、執務室で立ち止まっていた。
いつもなら、
一切の迷いなく進めるはずの場面。
だが、
ほんの一瞬、
言葉が遅れた。
「……殿下」
その間に、
オスカーが彼女を見る。
「どうした?」
何気ない問い。
だが、フローラの中で、
警鐘が鳴る。
(……見られた)
ほんの一瞬の“間”。
それだけだ。
「失礼しました」
彼女は、すぐに微笑みを作る。
「少し、考えていただけです」
「考える?」
オスカーは、首を傾げた。
「君が?」
「殿下のご判断を、
より円滑にするために」
その答えに、
オスカーは満足したように頷く。
「そうか。助かる」
だが。
フローラは、内心で理解していた。
(……監視が、始まっている)
正確には、
誰かが裏で動いている。
その結果、
空気が変わった。
具体的な証拠はない。
だが、
“流れ”が、微妙にズレている。
(……マルティナ)
再び、その名前が浮かぶ。
(あの女は、
正面から来ない)
だから、厄介だ。
夜。
マルティナは、宿の一室で、
最後の確認をしていた。
エルンストからの手紙。
交易記録。
人事の動き。
点は、
まだ線になっていない。
だが――
(線に、なる)
時間の問題だ。
彼女は、決断を固める。
(正体を暴くのが、目的じゃない)
(止めることでもない)
目的は、一つ。
「選ばせること」。
オスカーに、
自分が何を信じ、
誰を信じていたのか。
それを、
自分の目で理解させること。
それができなければ、
たとえフローラが消えても、
国は同じ道を辿る。
(……本当に、面倒)
マルティナは、静かに息を吐いた。
一方。
フローラは、
その夜、初めて夢を見た。
誰かに、
見られている夢。
目覚めた瞬間、
彼は、理解する。
(……遅れた)
ほんの一瞬の間。
ほんの小さな違和感。
それが、
完璧な仮面に、亀裂を入れた。
まだ、誰も気づいていない。
だが、
もう“完全”ではない。
そして、
マルティナ・ヴァインベルクは、
王城に戻らずに、
確実に――
中へ入り込んでいた。
---
マルティナ・ヴァインベルクは、王城に戻らなかった。
それは、逃げではない。
そして、躊躇でもない。
(戻った瞬間、
全部が台無しになる)
彼女は、そう判断していた。
王城という場所は、
人の立場と関係性がすべてを歪める。
元婚約者。
追い出された女。
意見を言って嫌われた存在。
その肩書を背負ったまま近づけば、
事実ですら、感情として処理される。
(だから、近づかない)
マルティナは、情報だけを見ることに決めた。
彼女が最初に動かしたのは、
人ではなく、記録だった。
各国の商会。
交易の窓口。
独立した会計士。
かつて、彼女が整えた“非公式な連絡線”。
王太子の婚約者であった頃、
表に出せない調整を行うために、
静かに作ってきたものだ。
(……生きてる)
連絡線は、まだ機能していた。
表向きは、
「一貴族からの市場確認」。
誰も、彼女が“王城内部を見ている”とは思わない。
数日後。
返ってきた報告は、
彼女の予想を裏切らなかった。
「関税の条文変更、
明らかに不利です」
「国内産業の撤退、
加速しています」
「隣国側は、
“交渉余地がある”という姿勢ですが……」
マルティナは、資料を並べ、静かに結論づける。
(意図的じゃない)
オスカーは、
策略を巡らせるほど賢くない。
(でも、
操る側にとっては、
理想的な愚かさ)
次に、彼女は“人の動き”を見る。
城から離れた官僚。
突然、職を解かれた役人。
理由の説明を受けていない者。
その共通点は、
驚くほど分かりやすかった。
(止めた人間から、消えている)
それは、かつて自分が立っていた場所だ。
マルティナは、苦笑する。
「……分かりやすいわね」
だが、同時に。
(ここまで単純なら、
“操っている側”は、
相当、慎重)
粗雑な手は使っていない。
命令も、直接は出ていない。
すべて、
王太子自身の判断に見える形で行われている。
(フローラ・エヴァンス)
その名前を、
心の中で反芻する。
一方、王城。
フローラは、執務室で立ち止まっていた。
いつもなら、
一切の迷いなく進めるはずの場面。
だが、
ほんの一瞬、
言葉が遅れた。
「……殿下」
その間に、
オスカーが彼女を見る。
「どうした?」
何気ない問い。
だが、フローラの中で、
警鐘が鳴る。
(……見られた)
ほんの一瞬の“間”。
それだけだ。
「失礼しました」
彼女は、すぐに微笑みを作る。
「少し、考えていただけです」
「考える?」
オスカーは、首を傾げた。
「君が?」
「殿下のご判断を、
より円滑にするために」
その答えに、
オスカーは満足したように頷く。
「そうか。助かる」
だが。
フローラは、内心で理解していた。
(……監視が、始まっている)
正確には、
誰かが裏で動いている。
その結果、
空気が変わった。
具体的な証拠はない。
だが、
“流れ”が、微妙にズレている。
(……マルティナ)
再び、その名前が浮かぶ。
(あの女は、
正面から来ない)
だから、厄介だ。
夜。
マルティナは、宿の一室で、
最後の確認をしていた。
エルンストからの手紙。
交易記録。
人事の動き。
点は、
まだ線になっていない。
だが――
(線に、なる)
時間の問題だ。
彼女は、決断を固める。
(正体を暴くのが、目的じゃない)
(止めることでもない)
目的は、一つ。
「選ばせること」。
オスカーに、
自分が何を信じ、
誰を信じていたのか。
それを、
自分の目で理解させること。
それができなければ、
たとえフローラが消えても、
国は同じ道を辿る。
(……本当に、面倒)
マルティナは、静かに息を吐いた。
一方。
フローラは、
その夜、初めて夢を見た。
誰かに、
見られている夢。
目覚めた瞬間、
彼は、理解する。
(……遅れた)
ほんの一瞬の間。
ほんの小さな違和感。
それが、
完璧な仮面に、亀裂を入れた。
まだ、誰も気づいていない。
だが、
もう“完全”ではない。
そして、
マルティナ・ヴァインベルクは、
王城に戻らずに、
確実に――
中へ入り込んでいた。
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