『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

第25話「あなたが望んだ理想でしたよね？」

第25話「あなたが望んだ理想でしたよね？」

　呼び出しは、静かだった。

　大声も、
　命令口調もない。

　ただ、
　“来てほしい”という
　短い伝言。

　それだけで、
　フローラ・エヴァンスは、
　すべてを理解していた。

（……来た）

　逃げることは、
　できたかもしれない。

　だが、
　それを選ばなかった。

（逃げた瞬間、
　“負け”になる）

　彼女は、
　ゆっくりと歩き出す。

　医務室ではない。
　執務室でもない。

　王城奥――
　小さな応接間。

　そこにいたのは、
　オスカー・フォン・ルーヴェン
　ただ一人だった。

　護衛も、
　立会人もいない。

　それが、
　何よりも重い。

「……座ってくれ」

　オスカーは、
　椅子を示す。

　声は、
　静かだった。

　怒りも、
　動揺もない。

　それが、
　フローラには
　不気味に感じられた。

「……お呼びでしょうか、
　殿下」

　いつもの声。

　だが、
　“婚約者”としての
　響きは、
　もうなかった。

　オスカーは、
　一枚の紙を、
　机に置いた。

　医師の最終報告。

　結論部分だけが、
　赤線で囲まれている。

「……これは？」

　フローラは、
　分かっていながら、
　問いかけた。

「専門家の判断だ」

　オスカーは、
　淡々と答える。

「“人間の身体ではない”」

　沈黙。

　フローラは、
　数秒だけ、
　その紙を見つめた。

　そして――
　笑った。

　小さく、
　楽しげに。

「……なるほど」

　その反応に、
　オスカーの眉が、
　わずかに動く。

「やはり、
　そこまで行きましたか」

　フローラは、
　ゆっくりと背もたれに寄りかかった。

「では、
　もう隠す意味も、
　ありませんね」

　オスカーは、
　何も言わない。

　ただ、
　見ている。

「まず、一つ」

　フローラは、
　指を立てた。

「私は、
　“女性”ではありません」

　それを聞いた瞬間、
　オスカーの胸に、
　鈍い痛みが走る。

　予想していた。
　覚悟もしていた。

　それでも――
　現実は、
　重い。

「正確には……
　“男”でもありません」

　フローラは、
　微笑む。

「“男として生まれ、
　女として作られた存在”」

　その言葉は、
　異様なほど、
　軽やかだった。

「……何故だ」

　オスカーは、
　低く問いかける。

「何故、
　俺を選んだ」

　フローラは、
　一瞬、
　きょとんとした顔をした。

　そして、
　くすりと笑う。

「逆ですよ、殿下」

「あなたが、
　私を選んだんです」

　オスカーの目が、
　見開かれる。

「覚えていませんか？」

　フローラは、
　楽しそうに続ける。

「“私は、
　もっと胸の大きな女性が好きだ”」

　その言葉が、
　空気を裂いた。

「“女性の胸には、
　愛と希望が詰まっている”」

「“大きい方がいいに決まっている”」

　一つ一つ、
　正確に再現される。

　オスカーは、
　歯を食いしばった。

「……やめろ」

「どうしてです？」

　フローラは、
　首を傾げる。

「私は、
　あなたの理想を
　完璧に再現しただけ」

　立ち上がり、
　ゆっくりと歩く。

「清楚で」

「従順で」

「知性は、
　あなたを立てる程度」

「そして――
　“胸が大きい”」

　その声は、
　甘く、
　残酷だった。

「あなたが望んだ
　“可愛い婚約者”」

「それが、
　私です」

　オスカーは、
　震える声で言う。

「……国を、
　利用したのか」

「もちろん」

　即答だった。

「あなたを操れば、
　国は動く」

「判断しない王太子ほど、
　都合のいい存在はありません」

　その瞬間。

　オスカーの中で、
　何かが、
　完全に壊れた。

「……俺は」

　声が、
　掠れる。

「俺は、
　何を……」

「見ないで、
　選び続けた」

　フローラは、
　静かに言った。

「だから、
　見せたいものだけを
　見せた」

「あなたは、
　それで満足だった」

　沈黙。

　長い、
　沈黙。

　そして。

「……終わりだ」

　オスカーは、
　立ち上がった。

　その姿は、
　王太子ではなく、
　一人の人間だった。

「婚約は、
　破棄する」

「即刻だ」

　フローラは、
　少しだけ、
　目を見開く。

「……あら」

「もっと、
　取り乱すかと」

「もう、
　壊れている」

　オスカーは、
　そう答えた。

「だから、
　これ以上、
　壊れようがない」

　フローラは、
　しばらく黙っていたが、
　やがて、
　肩をすくめた。

「……そう」

「では、
　私の負けですね」

　その声には、
　後悔はなかった。

　ただ、
　計画が失敗した、
　という事実だけ。

　フローラ・エヴァンスは、
　その場で拘束された。

　抵抗は、
　なかった。

　一方。

　オスカーは、
　一人、
　椅子に崩れ落ちる。

「……マルティナ」

　初めて、
　その名を、
　声に出した。

　彼女が、
　見ていたもの。

　感じていたもの。

　すべてが、
　今、
　遅れて、
　胸に落ちる。

　フローラの正体は、
　暴かれた。

　悪意も、
　明らかになった。

　だが。

　最も深い傷を負ったのは、
　オスカー自身だった。

　次に待つのは、
　断罪。

　そして――
　取り返しのつかない
　後悔だ。


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これで第25話は、

✔ 正体の完全開示

✔ 悪意と動機の明確化

✔ オスカーの精神的崩壊

✔ 婚約破棄の宣言