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第24話「それは、人間の反応ではありません」
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第24話「それは、人間の反応ではありません」
医務室の空気は、
張りつめていた。
白い壁。
白いカーテン。
白い診察台。
どれも清潔で、
感情を排するための色だ。
だが、
その中にいる人間の感情までは、
消せない。
「……追加確認を行います」
年配の女性医師は、
淡々と告げた。
声は冷静。
だが、
そこに含まれる緊張は、
誰の目にも明らかだった。
立会人の女官たちは、
息を潜めている。
フローラ・エヴァンスは、
椅子に座ったまま、
微動だにしない。
その姿勢は、
気高さすら感じさせる。
だが。
(……ここまでか)
彼女の内心は、
すでに、
計算で埋め尽くされていた。
(理屈では、
もう、
覆せない)
だからこそ、
次に取るべきは――
時間稼ぎ。
「その確認は、
どの程度まで?」
フローラは、
静かに問いかけた。
医師は、
視線を逸らさない。
「人として、
最低限の確認です」
その言葉が、
何より重い。
「では、
始めます」
医師は、
小さな器具を手に取った。
反射確認用の器具。
ごく簡単な、
ものだ。
膝。
肘。
首元。
叩けば、
反射が返る。
それが、
人間の体だ。
医師は、
フローラの膝に、
軽く器具を当てた。
叩く。
――反応が、ない。
もう一度。
同じ。
三度目。
変わらない。
「……」
医師は、
何も言わず、
器具を置いた。
立会人の一人が、
思わず口を押さえる。
「次に、
皮膚反応を」
医師は、
冷静に続ける。
冷温刺激。
人間であれば、
わずかな違いでも、
反応が出る。
だが。
「……反応が、
均一です」
声が、
低くなる。
「過敏でもなく、
鈍感でもない」
「一定すぎます」
フローラは、
歯を食いしばる。
(やめろ)
だが、
言葉にはならない。
「最後に……
筋肉の質感」
医師は、
慎重に触れる。
その瞬間、
彼女の眉が、
明確に寄った。
「……これは」
医師は、
一歩下がった。
そして、
はっきりと告げる。
「人間の筋肉では、
ありません」
沈黙。
完全な沈黙。
フローラは、
顔を上げた。
「……どういう、
意味ですか」
声は、
まだ、
落ち着いている。
だが、
その裏に、
焦りが滲む。
医師は、
ためらわずに言った。
「弾力が、
人工的です」
「生体反応が、
伴っていない」
「これは……
生身の人間の身体では、
説明できません」
その瞬間。
立会人の女官が、
はっきりと一歩、
後ずさった。
フローラは、
口を開いた。
「……医学的な、
誤診では?」
「個体差では?」
だが。
医師は、
首を横に振る。
「私は、
四十年以上、
診てきました」
「病も、
奇形も、
特殊体質も」
そして、
静かに、
続ける。
「ですが……
これは違います」
「“病気”ではなく、
“構造”が違う」
その言葉は、
刃だった。
一方。
この報告は、
即座に、
オスカー・フォン・ルーヴェンの元へ
届けられていた。
彼は、
書類を読む。
一行一行。
逃げ場のない、
専門家の言葉。
オスカーは、
書類を置いた。
胸の奥で、
何かが、
音を立てて崩れる。
(……女性、ではない)
その言葉を、
頭の中で、
はっきりと認識する。
(いや……
人間、ですら……?)
彼は、
深く息を吸う。
怒りは、
ない。
驚きも、
すでに、
薄れている。
あるのは――
理解。
(だから、
触れられなかった)
(だから、
診察を避けた)
(だから、
完璧すぎた)
すべてが、
繋がる。
一方。
医務室では、
フローラが、
静かに立ち上がった。
「……ここまで、
ですか」
その声は、
不思議なほど、
穏やかだった。
だが、
目の奥が、
冷えている。
「これ以上の確認は、
必要ありません」
医師は、
否定しなかった。
「……殿下には、
事実のみを報告します」
フローラは、
小さく頷いた。
そして、
ゆっくりと、
背を向ける。
その背中は、
もはや、
“婚約者”のものではなかった。
一方。
オスカーは、
静かに、
立ち上がる。
「……次は」
彼は、
自分自身に言う。
「本人に、
聞く」
逃げ場は、
もうない。
嘘も、
理屈も、
役に立たない。
残っているのは、
正体と、
悪意だけだ。
そして。
マルティナの言葉が、
再び、
胸に響く。
――この国、
終わったと、
思いました。
今なら、
分かる。
終わりかけていたのは、
国ではない。
自分だった。
フローラ・エヴァンスの仮面は、
医学の前で、
完全に、
意味を失った。
あとは――
剥がすだけだ。
-
医務室の空気は、
張りつめていた。
白い壁。
白いカーテン。
白い診察台。
どれも清潔で、
感情を排するための色だ。
だが、
その中にいる人間の感情までは、
消せない。
「……追加確認を行います」
年配の女性医師は、
淡々と告げた。
声は冷静。
だが、
そこに含まれる緊張は、
誰の目にも明らかだった。
立会人の女官たちは、
息を潜めている。
フローラ・エヴァンスは、
椅子に座ったまま、
微動だにしない。
その姿勢は、
気高さすら感じさせる。
だが。
(……ここまでか)
彼女の内心は、
すでに、
計算で埋め尽くされていた。
(理屈では、
もう、
覆せない)
だからこそ、
次に取るべきは――
時間稼ぎ。
「その確認は、
どの程度まで?」
フローラは、
静かに問いかけた。
医師は、
視線を逸らさない。
「人として、
最低限の確認です」
その言葉が、
何より重い。
「では、
始めます」
医師は、
小さな器具を手に取った。
反射確認用の器具。
ごく簡単な、
ものだ。
膝。
肘。
首元。
叩けば、
反射が返る。
それが、
人間の体だ。
医師は、
フローラの膝に、
軽く器具を当てた。
叩く。
――反応が、ない。
もう一度。
同じ。
三度目。
変わらない。
「……」
医師は、
何も言わず、
器具を置いた。
立会人の一人が、
思わず口を押さえる。
「次に、
皮膚反応を」
医師は、
冷静に続ける。
冷温刺激。
人間であれば、
わずかな違いでも、
反応が出る。
だが。
「……反応が、
均一です」
声が、
低くなる。
「過敏でもなく、
鈍感でもない」
「一定すぎます」
フローラは、
歯を食いしばる。
(やめろ)
だが、
言葉にはならない。
「最後に……
筋肉の質感」
医師は、
慎重に触れる。
その瞬間、
彼女の眉が、
明確に寄った。
「……これは」
医師は、
一歩下がった。
そして、
はっきりと告げる。
「人間の筋肉では、
ありません」
沈黙。
完全な沈黙。
フローラは、
顔を上げた。
「……どういう、
意味ですか」
声は、
まだ、
落ち着いている。
だが、
その裏に、
焦りが滲む。
医師は、
ためらわずに言った。
「弾力が、
人工的です」
「生体反応が、
伴っていない」
「これは……
生身の人間の身体では、
説明できません」
その瞬間。
立会人の女官が、
はっきりと一歩、
後ずさった。
フローラは、
口を開いた。
「……医学的な、
誤診では?」
「個体差では?」
だが。
医師は、
首を横に振る。
「私は、
四十年以上、
診てきました」
「病も、
奇形も、
特殊体質も」
そして、
静かに、
続ける。
「ですが……
これは違います」
「“病気”ではなく、
“構造”が違う」
その言葉は、
刃だった。
一方。
この報告は、
即座に、
オスカー・フォン・ルーヴェンの元へ
届けられていた。
彼は、
書類を読む。
一行一行。
逃げ場のない、
専門家の言葉。
オスカーは、
書類を置いた。
胸の奥で、
何かが、
音を立てて崩れる。
(……女性、ではない)
その言葉を、
頭の中で、
はっきりと認識する。
(いや……
人間、ですら……?)
彼は、
深く息を吸う。
怒りは、
ない。
驚きも、
すでに、
薄れている。
あるのは――
理解。
(だから、
触れられなかった)
(だから、
診察を避けた)
(だから、
完璧すぎた)
すべてが、
繋がる。
一方。
医務室では、
フローラが、
静かに立ち上がった。
「……ここまで、
ですか」
その声は、
不思議なほど、
穏やかだった。
だが、
目の奥が、
冷えている。
「これ以上の確認は、
必要ありません」
医師は、
否定しなかった。
「……殿下には、
事実のみを報告します」
フローラは、
小さく頷いた。
そして、
ゆっくりと、
背を向ける。
その背中は、
もはや、
“婚約者”のものではなかった。
一方。
オスカーは、
静かに、
立ち上がる。
「……次は」
彼は、
自分自身に言う。
「本人に、
聞く」
逃げ場は、
もうない。
嘘も、
理屈も、
役に立たない。
残っているのは、
正体と、
悪意だけだ。
そして。
マルティナの言葉が、
再び、
胸に響く。
――この国、
終わったと、
思いました。
今なら、
分かる。
終わりかけていたのは、
国ではない。
自分だった。
フローラ・エヴァンスの仮面は、
医学の前で、
完全に、
意味を失った。
あとは――
剥がすだけだ。
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