『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

鷹 綾

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第23話「形式が、逃げ道を塞ぐ」

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第23話「形式が、逃げ道を塞ぐ」

 王城には、古くから守られてきた慣習がある。

 それは、祝祭でも、儀式でもない。
 華やかさとは無縁の、
 単なる確認作業。

 だが、
 それを拒むことは、
 王族に連なる者として、
 許されない。

 ――婚約者健康確認。

 結婚を前提とした者に対し、
 最低限の健康状態を
 第三者が確認する。

 それは、
 血統のためでも、
 子を成すためでもない。

 国家に関わる立場に立つ者が、
 公務を全うできるか
 を確認するだけの、
 事務的な手続きだ。

 そして今。

 その手続きが、
 フローラ・エヴァンスに、
 適用されようとしていた。

「……健康確認?」

 フローラは、
 伝達役の女官を見つめる。

 表情は、
 いつも通り穏やか。

 だが、
 胸の奥が、
 嫌な音を立てている。

「はい」

 女官は、
 丁寧に答える。

「婚約者様として、
 形式上必要なものです」

「これまで、
 省略されていたのは……」

「殿下のご配慮です」

 その一言が、
 重かった。

(……逃げ道を、
 塞がれた)

 拒否すれば、
 疑念を自白するようなもの。

 延期を求めれば、
 理由を問われる。

 そして。

(実施されれば、
 終わる)

 フローラは、
 一瞬だけ、
 視線を伏せた。

「……承知しました」

 それ以上、
 言うことはできなかった。

 一方。

 オスカー・フォン・ルーヴェンは、
 別室で、
 淡々と準備を進めていた。

 医師は、
 王城専属ではない。

 地方から招かれた、
 利害関係のない人物。

 立会人も、
 複数。

 すべて、
 形式通り。

(逃げ場は、
 用意しない)

 それが、
 彼の選択だった。

 健康確認当日。

 白を基調とした
 医務用の小部屋。

 華美な装飾はなく、
 ただ清潔だ。

 フローラは、
 静かに椅子に座っていた。

 背筋は、
 伸びている。

 だが、
 肩に、
 わずかな力が入っている。

「それでは、
 始めます」

 年配の女性医師が、
 落ち着いた声で告げる。

「まずは、
 脈拍と体温から」

 問題は、
 そこではない。

 フローラは、
 それを知っている。

 診察は、
 進んでいく。

 聴診。
 視診。

 表面上は、
 問題ない。

 そして――
 最後。

「では、
 筋肉反応を確認します」

 その言葉に、
 フローラの指先が、
 微かに震えた。

「……必要ですか?」

 控えめな問い。

 医師は、
 首を傾げる。

「はい。
 簡単な触診です」

 立会人の女官たちも、
 当然のように頷く。

 フローラは、
 一瞬だけ、
 目を閉じた。

(……詰み)

 医師の手が、
 彼女の腕に触れる。

 ゆっくりと、
 力を加える。

 その瞬間。

 医師の眉が、
 はっきりと動いた。

「……?」

 力を、
 少し変える。

 反応が、
 遅れる。

 いや――
 遅れるというより、
 返ってこない。

「……失礼」

 医師は、
 もう一度、
 確認する。

 今度は、
 反対側。

 同じ。

 沈黙。

 部屋の空気が、
 目に見えて、
 変わる。

「……筋反射が、
 通常と異なります」

 医師は、
 慎重に言葉を選ぶ。

「個人差、
 という範囲を……
 超えています」

 立会人の一人が、
 息を呑む。

 フローラは、
 何も言わない。

 言えない。

 次に、
 医師が、
 そっと言った。

「体表の温度分布も……
 均一すぎます」

 それは、
 人間の体では、
 起こりにくい。

「……もう一つ、
 確認させてください」

 医師の声が、
 硬くなる。

 フローラは、
 ゆっくりと顔を上げた。

 その目に、
 初めて、
 感情が浮かぶ。

 ――焦り。

「……どこまで、
 確認されるおつもりですか」

 その問いは、
 明らかに、
 形式を越えていた。

 医師は、
 即答しなかった。

 代わりに、
 立会人の一人が、
 静かに言った。

「……殿下に、
 ご報告します」

 それだけで、
 十分だった。

 一方。

 報告は、
 すぐに、
 オスカーの元へ届いた。

 内容は、
 簡潔。

 だが、
 致命的。

 ――人として、
 説明がつかない反応。

 オスカーは、
 紙を置いた。

 手が、
 震えている。

 怒りではない。

 恐怖でもない。

(……やはり)

 それは、
 確認だった。

 そして、
 確定への入口。

 彼は、
 静かに立ち上がる。

「……次は、
 もう、
 逃げられない」

 それは、
 宣言ではなく、
 事実だった。

 フローラ・エヴァンスは、
 まだ、
 “婚約者”だ。

 だが。

 形式が、
 彼女の嘘を、
 確実に追い詰め始めていた。

 この先にあるのは、
 偶然でも、
 違和感でもない。

 真実だけだ。
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