31 / 40
第31話「彼女が去った席」
しおりを挟む
第31話「彼女が去った席」
社交界は、遅れて反応する。
王城で何が起きたのか。
誰が責任を取り、
誰が断罪されたのか。
それらが
“事実”として整理され、
“噂”として消化されるまでには、
時間がかかる。
だが――
この件に限っては、
異様な速度で広まっていた。
「婚約は、
無効だったらしい」
「王太子は、
権限停止」
「例の相手は、
終身拘禁」
そこまでは、
誰もが知っている。
だが、
次に出てくる名前が、
空気を変えた。
「……マルティナ様は?」
その問いに、
答えが返らない。
正確には、
返せない。
誰も、
彼女の失態を
挙げられなかったからだ。
――彼女は、
何もしていない。
――巻き込まれてすらいない。
それが、
最も説明しづらい。
「距離を取っていたらしい」
「最初から、
関わっていなかったとか」
「……正しかった、
ということ?」
その言葉が出た瞬間、
社交界の評価は
一段、
変わった。
王城では、
実務が滞りなく進んでいた。
だが、
細かなところで
綻びが見える。
オスカーの判断権限停止は、
単なる人事ではない。
空白だ。
「……あの件、
どう処理する?」
「前なら、
マルティナ様が
一言でまとめていたな」
誰かが、
ぽつりと漏らす。
それは、
皮肉でも、
悪意でもない。
事実だった。
書類の確認。
利害調整。
言葉の選び方。
すべてにおいて、
彼女の不在は
想像以上に
大きかった。
「……頼めば、
戻ってくるだろうか」
その呟きに、
別の者が
首を振る。
「無理だ」
「彼女は、
“退いた”」
「逃げたんじゃない。
線を引いたんだ」
それが、
理解できる者ほど、
言葉を失う。
一方。
マルティナ・ヴァインベルクは、
王都から離れた
別邸にいた。
静かな場所。
庭の手入れ。
帳簿の整理。
小さな打ち合わせ。
誰にも急かされない
時間。
(……不思議ね)
彼女は、
書類を閉じながら
思う。
(世界は、
私がいなくても
回る)
(でも――
“滑らか”ではない)
それでいい。
それこそが、
彼女の選択だった。
王城から、
非公式な使者が
訪れたのは、
三日後。
「……あくまで、
相談なのですが」
歯切れの悪い前置き。
マルティナは、
話を最後まで聞いた後、
穏やかに答えた。
「お断りします」
即答。
理由も、
説明もない。
それ以上、
必要なかった。
使者は、
何も言えずに
帰っていった。
その夜。
王城では、
遅れて理解が
広がっていた。
――彼女は、
戻らない。
――必要だからでは、
動かない。
――もう、
選ばれる立場ではない。
「……失ったな」
誰かが、
呟く。
だが、
それは
“喪失感”ではない。
自業自得という
感覚に近かった。
一方。
権限を失った
オスカーは、
その話を
人づてに聞いていた。
(やはり……)
彼女は、
振り返らない。
それを、
責める資格は
ない。
(彼女は、
正しかった)
(最後まで)
その理解が、
遅すぎたことだけが、
悔やまれる。
マルティナ・ヴァインベルクは、
何も主張しない。
だが。
彼女の不在は、
雄弁だった。
――失ってから、
価値が分かる。
それは、
王太子だけの話ではない。
国全体が、
同じ過ちを
犯していた。
そして。
その席は、
もう、
空席のままだ。
無理に埋めれば、
また、
歪むだけだから。
物語は、
次の段階へ進む。
今度は――
彼女を必要とする者ではなく、
彼女が“必要とするもの”
が描かれる。
社交界は、遅れて反応する。
王城で何が起きたのか。
誰が責任を取り、
誰が断罪されたのか。
それらが
“事実”として整理され、
“噂”として消化されるまでには、
時間がかかる。
だが――
この件に限っては、
異様な速度で広まっていた。
「婚約は、
無効だったらしい」
「王太子は、
権限停止」
「例の相手は、
終身拘禁」
そこまでは、
誰もが知っている。
だが、
次に出てくる名前が、
空気を変えた。
「……マルティナ様は?」
その問いに、
答えが返らない。
正確には、
返せない。
誰も、
彼女の失態を
挙げられなかったからだ。
――彼女は、
何もしていない。
――巻き込まれてすらいない。
それが、
最も説明しづらい。
「距離を取っていたらしい」
「最初から、
関わっていなかったとか」
「……正しかった、
ということ?」
その言葉が出た瞬間、
社交界の評価は
一段、
変わった。
王城では、
実務が滞りなく進んでいた。
だが、
細かなところで
綻びが見える。
オスカーの判断権限停止は、
単なる人事ではない。
空白だ。
「……あの件、
どう処理する?」
「前なら、
マルティナ様が
一言でまとめていたな」
誰かが、
ぽつりと漏らす。
それは、
皮肉でも、
悪意でもない。
事実だった。
書類の確認。
利害調整。
言葉の選び方。
すべてにおいて、
彼女の不在は
想像以上に
大きかった。
「……頼めば、
戻ってくるだろうか」
その呟きに、
別の者が
首を振る。
「無理だ」
「彼女は、
“退いた”」
「逃げたんじゃない。
線を引いたんだ」
それが、
理解できる者ほど、
言葉を失う。
一方。
マルティナ・ヴァインベルクは、
王都から離れた
別邸にいた。
静かな場所。
庭の手入れ。
帳簿の整理。
小さな打ち合わせ。
誰にも急かされない
時間。
(……不思議ね)
彼女は、
書類を閉じながら
思う。
(世界は、
私がいなくても
回る)
(でも――
“滑らか”ではない)
それでいい。
それこそが、
彼女の選択だった。
王城から、
非公式な使者が
訪れたのは、
三日後。
「……あくまで、
相談なのですが」
歯切れの悪い前置き。
マルティナは、
話を最後まで聞いた後、
穏やかに答えた。
「お断りします」
即答。
理由も、
説明もない。
それ以上、
必要なかった。
使者は、
何も言えずに
帰っていった。
その夜。
王城では、
遅れて理解が
広がっていた。
――彼女は、
戻らない。
――必要だからでは、
動かない。
――もう、
選ばれる立場ではない。
「……失ったな」
誰かが、
呟く。
だが、
それは
“喪失感”ではない。
自業自得という
感覚に近かった。
一方。
権限を失った
オスカーは、
その話を
人づてに聞いていた。
(やはり……)
彼女は、
振り返らない。
それを、
責める資格は
ない。
(彼女は、
正しかった)
(最後まで)
その理解が、
遅すぎたことだけが、
悔やまれる。
マルティナ・ヴァインベルクは、
何も主張しない。
だが。
彼女の不在は、
雄弁だった。
――失ってから、
価値が分かる。
それは、
王太子だけの話ではない。
国全体が、
同じ過ちを
犯していた。
そして。
その席は、
もう、
空席のままだ。
無理に埋めれば、
また、
歪むだけだから。
物語は、
次の段階へ進む。
今度は――
彼女を必要とする者ではなく、
彼女が“必要とするもの”
が描かれる。
0
あなたにおすすめの小説
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。
紺
ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」
実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて……
「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」
信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。
微ざまぁあり。
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?
ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。
卒業3か月前の事です。
卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。
もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。
カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。
でも大丈夫ですか?
婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。
※ゆるゆる設定です
※軽い感じで読み流して下さい
勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。
いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。
ただし、後のことはどうなっても知りませんよ?
* 他サイトでも投稿
* ショートショートです。あっさり終わります
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
始まりはよくある婚約破棄のように
喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」
学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。
ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。
第一章「婚約者編」
第二章「お見合い編(過去)」
第三章「結婚編」
第四章「出産・育児編」
第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる