『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

鷹 綾

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第30話「私は、もう選ばれない」

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第30話「私は、もう選ばれない」

 朝の空気は、驚くほど澄んでいた。

 王城で起きた一連の騒動が、
 まるで嘘だったかのように。

 マルティナ・ヴァインベルクは、
 自邸の庭園で
 紅茶を淹れていた。

 いつもと変わらない朝。

 だが――
 胸の奥にあった
 “引っかかり”が、
 確かに消えている。

(……終わったのね)

 フローラ・エヴァンスの終身拘禁。
 オスカーの王太子権限停止。
 婚約破棄の正式記録。

 すべてが、
 公的に、
 不可逆的に終わった。

 それでも。

 マルティナは、
 祝杯を挙げる気にも、
 勝利を噛み締める気にも
 ならなかった。

(勝ったわけじゃない)

(ただ、
 “巻き込まれなかった”だけ)

 それが、
 何よりも重要だった。

「お嬢様」

 控えめな声で、
 侍女が近づく。

「王城から、
 正式な通達が届いております」

 マルティナは、
 頷き、
 手紙を受け取った。

 封を切らずとも、
 中身は想像がつく。

(……確認、
 といったところかしら)

 静かに封を切り、
 目を通す。

 内容は簡潔だった。

 ・婚約破棄の再確認
 ・一切の責任がないことの明記
 ・今後、王家から干渉しない旨

 どれも、
 彼女にとっては
 **「当然」**の内容。

 だが。

 最後の一文に、
 ほんの少しだけ、
 視線が止まった。

「なお、
 王家としては
 改めて良縁を――」

 そこまで読んで、
 マルティナは
 紙を折った。

(……ここから先は、
 いらない)

 彼女は、
 ペンを取り、
 簡潔な返信を書いた。

> 王家各位

今回の件に関し、
私はすでに
私的・公的いずれの関係からも
完全に退いております。

今後、
婚姻・縁談等に関する
ご配慮は不要です。

私は、
誰かに選ばれる立場に
戻るつもりはありません。

マルティナ・ヴァインベルク



 読み返し、
 修正もせず、
 封をする。

 それが、
 彼女の答えだった。

(もう、
 “候補”にはならない)

(誰かの判断に、
 人生を預けない)

 庭園を抜ける風が、
 軽い。

 心も、
 同じだった。

 一方。

 王城の一室で、
 その返書を読んだ
 重臣の一人が
 小さく息を吐いた。

「……潔すぎる」

 誰も、
 異論を唱えない。

 それは、
 拒絶ではない。

 線引きだった。

 ――彼女は、
 もう
 この舞台に立たない。

 一方。

 別棟の一室。

 権限を失った
 オスカー・フォン・ルーヴェンは、
 書簡の束を前に
 座っていた。

 返事は、
 来ない。

 分かっていた。

(当然だ)

(今さら、
 何を言っても)

 彼女は、
 何も奪わなかった。

 だが、
 自分は――
 何も守れなかった。

「……マルティナ」

 名を呼んでも、
 もう届かない。

 それが、
 現実だった。

 だが。

 彼は、
 初めて理解していた。

 彼女は、
 自分の人生を
 取り戻したのだと。

 それを、
 邪魔する資格は
 もうない。

 一方。

 マルティナは、
 午後の陽射しの中、
 書斎にいた。

 新しい帳簿。
 新しい計画。

 政治でも、
 王家でもない。

 自分の時間。

(……やっと)

 静かに、
 胸の内で呟く。

(誰かの愚かさに
 振り回されない
 日常)

 それは、
 特別な幸福ではない。

 だが――
 何よりも尊い。

 婚約破棄は、
 終わった。

 ざまぁも、
 完了した。

 残ったのは、
 一人の女性が
 自分の足で
 歩き出す未来。

 物語は、
 次の章へ進む。

 そこに、
 王太子は
 必要ない。

 マルティナ・ヴァインベルクは、
 誰にも選ばれず、
 自分を選んだ。


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