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第29話「同情される資格すら、なかった」
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第29話「同情される資格すら、なかった」
王都中央裁定庁。
普段は静謐なその建物が、
この日だけは、
異様な緊張に包まれていた。
理由は一つ。
国家欺罔事件・被告人
フローラ・エヴァンスの公開裁定。
傍聴席は、
厳重に制限されている。
貴族。
官僚。
法務関係者。
野次馬はいない。
――これは、
見世物ではない。
記録として残すための裁きだ。
被告席に立つフローラは、
拘束具を付けていなかった。
逃げる意味がないからだ。
薄い微笑みを浮かべ、
背筋を伸ばしている。
まるで、
社交界の一幕のように。
「……被告人、
名を名乗れ」
裁定官の声が、
冷たく響く。
「フローラ・エヴァンス」
即答。
淀みも、
恐怖もない。
「本名ではないな」
「ええ」
フローラは、
あっさりと認めた。
「用途上の名前です」
その言葉に、
傍聴席の空気が
僅かにざわつく。
「被告人は、
王太子オスカー・フォン・ルーヴェンに対し」
「身分・性別・身体構造を偽り、
婚約関係を成立させ」
「国家判断を
意図的に誘導した」
裁定官は、
淡々と罪状を読み上げる。
「これを、
認めるか」
「認めます」
あまりにも、
軽い肯定。
だが、
裁定官は
動じない。
「動機を述べよ」
フローラは、
一瞬だけ、
考える素振りを見せた。
そして、
笑った。
「……簡単ですよ」
その声は、
よく通る。
「王太子は、
愚かでした」
一瞬、
場が凍る。
「判断しない」
「考えない」
「“好み”を
“基準”だと
思い込む」
「操るには、
最適でした」
傍聴席から、
息を呑む音が漏れる。
だが、
誰も止めない。
「私は、
彼が望むものを
与えました」
「清楚で」
「従順で」
「反論しない」
「そして――
胸が大きい」
その言葉に、
裁定官の目が
僅かに細くなる。
「それが、
“王太子の理想”」
「ならば、
それを
完璧に再現する」
フローラは、
肩をすくめた。
「間違っていましたか?」
沈黙。
裁定官は、
即座に答えない。
ただ、
書類を一枚、
机に置いた。
「被告人」
「あなたは、
王太子を
操ったつもりだろう」
フローラは、
頷く。
「ええ」
「だが」
裁定官は、
はっきりと言った。
「あなたが
最も軽んじたのは」
「この国そのものだ」
フローラの眉が、
僅かに動く。
「国家判断を、
“愚かな個人の延長”と
見なした」
「その時点で、
あなたは
詰んでいる」
その言葉に、
初めて。
フローラの笑みが、
歪んだ。
「……そう」
「そこは、
少し甘かったかも」
だが、
後悔はない。
ただ、
評価の修正だけ。
「被告人は、
国家欺罔罪」
「王位継承妨害未遂」
「身分詐称」
「複数の重罪を
犯している」
裁定官は、
宣告する。
「よって」
「フローラ・エヴァンスに
終身拘禁を言い渡す」
その瞬間。
傍聴席が、
静まり返った。
死刑ではない。
追放でもない。
“生きたまま、
外に出られない”
という裁き。
それが、
最も重い。
「異議は?」
裁定官が問う。
フローラは、
少し考え――
首を横に振った。
「いいえ」
「妥当です」
立ち上がり、
最後に、
こう言った。
「……ただ」
「一つだけ、
訂正させてください」
裁定官は、
無言で促す。
「私は、
騙したことを
後悔していません」
「でも」
フローラは、
ほんの一瞬だけ、
目を細めた。
「選ぶ責任を
放棄した人間が
壊れる様は」
「……少し、
つまらなかった」
その言葉を最後に、
彼女は
連行された。
誰も、
声をかけない。
誰も、
同情しない。
それが、
完全な断罪だった。
一方。
裁定の報告は、
マルティナ・ヴァインベルクの元にも
届いていた。
(終身拘禁……)
短く息を吐く。
(逃げ場は、
なかったわね)
書簡を閉じ、
静かに思う。
(彼女は、
最初から
壊れていた)
(だから、
他人を
壊すことに
躊躇がなかった)
同情は、
ない。
だが――
安心があった。
(これで、
本当に終わった)
フローラ・エヴァンスは、
完全に断罪された。
王太子オスカーは、
資格を失った。
そして。
ようやく――
物語は、
マルティナ自身の選択へ
戻ってくる。
次に動くのは、
彼女だ。
王都中央裁定庁。
普段は静謐なその建物が、
この日だけは、
異様な緊張に包まれていた。
理由は一つ。
国家欺罔事件・被告人
フローラ・エヴァンスの公開裁定。
傍聴席は、
厳重に制限されている。
貴族。
官僚。
法務関係者。
野次馬はいない。
――これは、
見世物ではない。
記録として残すための裁きだ。
被告席に立つフローラは、
拘束具を付けていなかった。
逃げる意味がないからだ。
薄い微笑みを浮かべ、
背筋を伸ばしている。
まるで、
社交界の一幕のように。
「……被告人、
名を名乗れ」
裁定官の声が、
冷たく響く。
「フローラ・エヴァンス」
即答。
淀みも、
恐怖もない。
「本名ではないな」
「ええ」
フローラは、
あっさりと認めた。
「用途上の名前です」
その言葉に、
傍聴席の空気が
僅かにざわつく。
「被告人は、
王太子オスカー・フォン・ルーヴェンに対し」
「身分・性別・身体構造を偽り、
婚約関係を成立させ」
「国家判断を
意図的に誘導した」
裁定官は、
淡々と罪状を読み上げる。
「これを、
認めるか」
「認めます」
あまりにも、
軽い肯定。
だが、
裁定官は
動じない。
「動機を述べよ」
フローラは、
一瞬だけ、
考える素振りを見せた。
そして、
笑った。
「……簡単ですよ」
その声は、
よく通る。
「王太子は、
愚かでした」
一瞬、
場が凍る。
「判断しない」
「考えない」
「“好み”を
“基準”だと
思い込む」
「操るには、
最適でした」
傍聴席から、
息を呑む音が漏れる。
だが、
誰も止めない。
「私は、
彼が望むものを
与えました」
「清楚で」
「従順で」
「反論しない」
「そして――
胸が大きい」
その言葉に、
裁定官の目が
僅かに細くなる。
「それが、
“王太子の理想”」
「ならば、
それを
完璧に再現する」
フローラは、
肩をすくめた。
「間違っていましたか?」
沈黙。
裁定官は、
即座に答えない。
ただ、
書類を一枚、
机に置いた。
「被告人」
「あなたは、
王太子を
操ったつもりだろう」
フローラは、
頷く。
「ええ」
「だが」
裁定官は、
はっきりと言った。
「あなたが
最も軽んじたのは」
「この国そのものだ」
フローラの眉が、
僅かに動く。
「国家判断を、
“愚かな個人の延長”と
見なした」
「その時点で、
あなたは
詰んでいる」
その言葉に、
初めて。
フローラの笑みが、
歪んだ。
「……そう」
「そこは、
少し甘かったかも」
だが、
後悔はない。
ただ、
評価の修正だけ。
「被告人は、
国家欺罔罪」
「王位継承妨害未遂」
「身分詐称」
「複数の重罪を
犯している」
裁定官は、
宣告する。
「よって」
「フローラ・エヴァンスに
終身拘禁を言い渡す」
その瞬間。
傍聴席が、
静まり返った。
死刑ではない。
追放でもない。
“生きたまま、
外に出られない”
という裁き。
それが、
最も重い。
「異議は?」
裁定官が問う。
フローラは、
少し考え――
首を横に振った。
「いいえ」
「妥当です」
立ち上がり、
最後に、
こう言った。
「……ただ」
「一つだけ、
訂正させてください」
裁定官は、
無言で促す。
「私は、
騙したことを
後悔していません」
「でも」
フローラは、
ほんの一瞬だけ、
目を細めた。
「選ぶ責任を
放棄した人間が
壊れる様は」
「……少し、
つまらなかった」
その言葉を最後に、
彼女は
連行された。
誰も、
声をかけない。
誰も、
同情しない。
それが、
完全な断罪だった。
一方。
裁定の報告は、
マルティナ・ヴァインベルクの元にも
届いていた。
(終身拘禁……)
短く息を吐く。
(逃げ場は、
なかったわね)
書簡を閉じ、
静かに思う。
(彼女は、
最初から
壊れていた)
(だから、
他人を
壊すことに
躊躇がなかった)
同情は、
ない。
だが――
安心があった。
(これで、
本当に終わった)
フローラ・エヴァンスは、
完全に断罪された。
王太子オスカーは、
資格を失った。
そして。
ようやく――
物語は、
マルティナ自身の選択へ
戻ってくる。
次に動くのは、
彼女だ。
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