『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

鷹 綾

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第39話 「交渉という名の誤解」

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第39話「交渉という名の誤解」

 王都が動いたのは、必然だった。

 止められない流れがあると分かった時、
 次に選ばれるのは――
 取り込むこと。

「正式な使節団を派遣する」

 その決定は、
 驚くほど静かに下された。

 軍でも、
 命令でもない。

 “対話”。

 それ自体は、
 賢明な判断だった。

 だが――
 前提が、
 致命的にズレていた。

 使節団は三名。
 形式上は商務と都市連携の協議。

 表向きは、
 「ミュールの発展を祝う」。

 実際には、
 主導権の所在を確かめるため。

「……彼女が、
 前に出てくるはずだ」

 それが、
 王都側の共通認識だった。

 一方。

 ミュールの会合室。

 レオンハルトは、
 使節到着の報告書を
 マルティナに渡していた。

「来ますね」

「ええ」

 マルティナは、
 淡々と答える。

「予想通りです」

「応じますか?」

「形式的には」

 その言葉に、
 レオンハルトは
 一瞬だけ迷う。

「……前に出られるのですか」

「いいえ」

 即答だった。

「私は、
 “背景”のままです」

 彼は、
 それ以上聞かなかった。

 それが、
 最も危険で、
 最も強い立場だと
 理解しているからだ。

 数日後。

 会合は、
 穏やかに始まった。

「ミュールの近年の発展、
 王都としても
 大変喜ばしく思っております」

 使節の言葉は、
 丁寧で、
 非の打ち所がない。

「ありがとうございます」

 応じるのは、
 都市代表。

 マルティナは、
 その場にいない。

 だが――
 誰もが、
 “彼女の存在”を
 意識していた。

「さて」

 使節は、
 少しだけ踏み込む。

「この成功の背景には、
 非常に優れた助言者が
 いらっしゃると聞いております」

 遠回しな探り。

「都市としては、
 特定の人物に
 依存していません」

 代表は、
 事前に用意された言葉を
 そのまま返す。

「ですが」

 使節は、
 引かない。

「仮に、
 その方と
 王都が直接意見を交わすことが
 できれば――」

 そこで、
 レオンハルトが
 口を開いた。

「不可能です」

 空気が、
 一瞬で固まる。

「理由を
 お聞かせ願えますか」

「その方は、
 王都と
 利害関係を結ぶ立場に
 ありません」

「交渉です」

「交渉であっても、
 同じです」

 淡々と、
 だが明確に。

「彼女は、
 選ばれなかった」

「そして、
 選ばれる気もありません」

 使節の表情に、
 困惑が浮かぶ。

「……それは、
 個人的感情ですか?」

 その問いは、
 完全に的外れだった。

「いいえ」

 レオンハルトは、
 首を横に振る。

「構造の問題です」

 会合は、
 表向き、
 何事もなく終わった。

 だが――
 王都側は、
 理解できていなかった。

 “拒否された”のではない。

 “対象外”なのだ。

 その夜。

 使節団は、
 宿舎で非公式に
 意見を交わしていた。

「……想定と違う」

「前に出てこない」

「交渉の余地がない」

 誰かが、
 苛立ちを隠さず言う。

「彼女は、
 何を望んでいる?」

 答えは、
 出なかった。

 一方。

 同じ夜。

 マルティナは、
 離れた場所で
 報告を受けていた。

「……王都は、
 交渉だと思っています」

「でしょうね」

 彼女は、
 少しだけ微笑む。

「でも、
 私は交渉していない」

「彼らは、
 “取り込む”つもりです」

「ええ」

 否定しない。

「だから、
 通じない」

 マルティナは、
 静かに考える。

(王都は、
 まだ“人”を見ている)

(私は、
 “仕組み”を見ている)

 噛み合わないのは、
 当然だった。

 数日後。

 使節団は、
 明確な成果を得られぬまま
 王都へ戻る。

 報告書には、
 曖昧な表現が並んだ。

 “友好的”
 “協議継続の余地あり”
 “慎重な対応が必要”

 だが、
 本音は一つ。

 手応えがない。

 そしてそれは、
 王都にとって
 最も不安な結果だった。

 マルティナ・ヴァインベルクは、
 拒絶しない。

 だが、
 迎え入れもしない。

 その中間――
 最も扱いづらい場所に、
 彼女は立っていた。

 物語は、
 いよいよ終盤へ向かう。

 次は――
 王都が“強硬策”を検討し始める兆し。
 あるいは、
 マルティナ自身の選択が、
 完全に王都から切り離される瞬間。


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