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第3話: 儀式の最中、記憶の閃き
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第3話: 儀式の最中、記憶の閃き
翌朝、王宮の礼拝堂は異様な静けさに包まれていた。
婚約破棄の正式な儀式が行われる場所だ。
大理石の床に敷かれた深紅の絨毯。高い天井から差し込むステンドグラスの光。
普段は祝福の場であるこの場所が、今日は処刑台のように感じられた。
アプリリアは、白いドレスを纏って中央に立っていた。
婚約者の前で着るはずだった純白のドレスが、皮肉にも今日の装いとなった。
隣にはリオが控え、顔を伏せて唇を噛んでいる。
周囲の貴族席は満席だった。
昨夜のパーティーから一夜明けても、好奇心は収まらないらしい。
誰もが、この「完璧な公爵令嬢の転落」を間近で見たいと思っていた。
ルキノは祭壇の前に立ち、エテルナはそのすぐ後ろに控えている。
金髪の王子は、昨夜よりもやつれた顔をしていた。
目の下に薄い隈ができ、視線が落ち着かない。
王妃イザベラとレオンハルト公爵も上席に座っている。
王妃は無表情。公爵である父は、昨夜と同じく目を伏せたままだった。
儀式を司る大司教が、厳かに宣言した。
「本日、ここにルキノ・エドワード殿下とアプリリア・フォン・ロズウェル嬢の婚約を解消する儀式を行う。
神と人の前で、両者の絆を断ち切るものである」
大司教が古びた聖典を開き、破棄の祈りを読み始める。
その言葉の一つ一つが、アプリリアの胸に突き刺さる。
「神よ、この二人が結ばれた縁を解き放ちたまえ。
偽りと嫉妬に満ちた心を、清め給え」
――偽り。それは、誰の心にあるの?
アプリリアは静かに目を閉じた。
昨夜から、ほとんど眠れなかった。
ルキノの顔。エテルナの微笑み。父の沈黙。
すべてが頭の中で渦を巻いている。
すると、突然――
視界の奥で、光が閃いた。
最初は気のせいかと思った。
だが、次第にそれは鮮明になっていく。
……砂漠の太陽。
青い空の下、無数の人々が跪いている。
白いローブを纏った少女が、手をかざすと傷ついた人々が癒されていく。
――私?
少女の顔が、ゆっくりとアプリリア自身の顔に重なる。
長い黒髪。穏やかな瞳。
しかし、その瞳には今生とは違う、深い悲しみと決意が宿っていた。
記憶が、洪水のように流れ込んでくる。
前世――。
彼女は現代日本に生きる普通の女子大生だった。
交通事故で死に、この異世界に転生した。
公爵令嬢として生まれ、幼い頃から「何か」を感じていたが、はっきりと思い出せずにいた。
そして、今――
婚約破棄という最大の屈辱の中で、封印が解けた。
私は、転生者だった。
そして、この世界で「聖女」と呼ばれる存在の力を、持っている。
アプリリアの目が、ゆっくりと開く。
周囲の貴族たちは、まだ大司教の祈りに耳を傾けている。
誰も、彼女の変化に気づいていない。
だが、アプリリアの体の中で、何かが蠢き始めていた。
温かい。
優しい。
しかし、圧倒的な力。
手が、わずかに光ったように感じた。
すぐに消えたが、確かにあった。
エテルナが、こちらを見ていることに気づいた。
妹の瞳に、わずかな動揺が走る。
――なぜ? あなたは聖女の力を持っているはずなのに。
大司教の祈りが終わり、次はルキノの番だ。
王子は一歩前に出て、アプリリアに向き直った。
「アプリリア・フォン・ロズウェル。
私は君との婚約を、正式に破棄する。
これまでの約束は、すべて無効とする」
その声は、昨夜よりもさらに震えていた。
アプリリアは静かに見つめ返す。
「承知いたしました、ルキノ殿下」
周囲から、どよめきが上がる。
誰もが、彼女が泣き崩れるか、激昂するかと思っていた。
だが、アプリリアの声は驚くほど落ち着いていた。
ルキノの表情が、わずかに歪む。
「……何か、言うことはないのか?」
アプリリアは、ゆっくりと微笑んだ。
「ございます」
大広間が、再び静まり返る。
「私は、ルキノ殿下を愛しておりました。
王太子妃として、精一杯務めを果たすつもりでおりました。
しかし、それが叶わぬのであれば――
これからは、自分の道を歩ませていただきます」
その言葉に、貴族たちがざわつく。
「自分の道」とは、何を意味するのか。
エテルナが、焦ったように前に出た。
「お姉様……どうか、これ以上みっともないことはおっしゃらないで。
皆さんが、お可哀想に思ってくださっていますわ」
その言葉に、ヴェゼルたちがくすくすと笑う。
だが、アプリリアは動じない。
「エテルナ。あなたは、本当に聖女の力をお持ちなのね?」
突然の質問に、エテルナの顔が強張った。
「……それは、どういう意味ですか?」
「ただ、確認したかっただけよ。
これから先、王国を支える大事な力になるのですもの」
アプリリアの声は優しかった。
しかし、その瞳の奥に、静かな炎が灯っていた。
大司教が、儀式の最終段階を告げる。
「では、最後に破棄の証として、婚約指輪を返却せよ」
ルキノが、震える手で指輪を差し出す。
アプリリアはそれを静かに受け取り、自分の指から外した同じ指輪と並べた。
二つの指輪が、祭壇の上に置かれる。
その瞬間――
アプリリアの心の中で、何かが弾けた。
前世の記憶が、完全に蘇る。
私は、聖女の力を持っている。
本物の、圧倒的な力。
エテルナのものとは、比べ物にならない。
だが、今はまだ――
見せる時ではない。
アプリリアは指輪を置くと、深く一礼した。
「これで、すべて終わりましたね」
ルキノが、何か言おうとした。
しかし、言葉にならない。
儀式は終了した。
アプリリアはリオを連れ、礼拝堂を後にする。
背後で、貴族たちのざわめきが聞こえる。
「あの令嬢、意外と強かったわね」
「でも、これからどうするつもりかしら? 王宮出入り禁止よ?」
「ロズウェル家も、面目丸潰れね」
だが、アプリリアは振り返らない。
廊下に出て、リオがようやく声を上げた。
「アプリリア様……どうして、あんなに落ち着いていられたんですか?
私だったら、泣き叫んでました!」
アプリリアは、静かに微笑んだ。
「リオ、ありがとう。
でも――これからが、本番なの」
その瞳には、もはや昨夜までの悲しみはなかった。
代わりに、強い光が宿っていた。
前世の記憶。
聖女の力。
すべてが、彼女の中に目覚めた。
王宮を去る日まで、あと少し。
その先にある辺境の領地で、彼女は生まれ変わる。
アプリリアは、窓から差し込む朝陽を見上げた。
――待っていて、ルキノ。エテルナ。
あなたたちが私にしたこと、必ず返してみせる。
優雅に。
華麗に。
そして、圧倒的に。
翌朝、王宮の礼拝堂は異様な静けさに包まれていた。
婚約破棄の正式な儀式が行われる場所だ。
大理石の床に敷かれた深紅の絨毯。高い天井から差し込むステンドグラスの光。
普段は祝福の場であるこの場所が、今日は処刑台のように感じられた。
アプリリアは、白いドレスを纏って中央に立っていた。
婚約者の前で着るはずだった純白のドレスが、皮肉にも今日の装いとなった。
隣にはリオが控え、顔を伏せて唇を噛んでいる。
周囲の貴族席は満席だった。
昨夜のパーティーから一夜明けても、好奇心は収まらないらしい。
誰もが、この「完璧な公爵令嬢の転落」を間近で見たいと思っていた。
ルキノは祭壇の前に立ち、エテルナはそのすぐ後ろに控えている。
金髪の王子は、昨夜よりもやつれた顔をしていた。
目の下に薄い隈ができ、視線が落ち着かない。
王妃イザベラとレオンハルト公爵も上席に座っている。
王妃は無表情。公爵である父は、昨夜と同じく目を伏せたままだった。
儀式を司る大司教が、厳かに宣言した。
「本日、ここにルキノ・エドワード殿下とアプリリア・フォン・ロズウェル嬢の婚約を解消する儀式を行う。
神と人の前で、両者の絆を断ち切るものである」
大司教が古びた聖典を開き、破棄の祈りを読み始める。
その言葉の一つ一つが、アプリリアの胸に突き刺さる。
「神よ、この二人が結ばれた縁を解き放ちたまえ。
偽りと嫉妬に満ちた心を、清め給え」
――偽り。それは、誰の心にあるの?
アプリリアは静かに目を閉じた。
昨夜から、ほとんど眠れなかった。
ルキノの顔。エテルナの微笑み。父の沈黙。
すべてが頭の中で渦を巻いている。
すると、突然――
視界の奥で、光が閃いた。
最初は気のせいかと思った。
だが、次第にそれは鮮明になっていく。
……砂漠の太陽。
青い空の下、無数の人々が跪いている。
白いローブを纏った少女が、手をかざすと傷ついた人々が癒されていく。
――私?
少女の顔が、ゆっくりとアプリリア自身の顔に重なる。
長い黒髪。穏やかな瞳。
しかし、その瞳には今生とは違う、深い悲しみと決意が宿っていた。
記憶が、洪水のように流れ込んでくる。
前世――。
彼女は現代日本に生きる普通の女子大生だった。
交通事故で死に、この異世界に転生した。
公爵令嬢として生まれ、幼い頃から「何か」を感じていたが、はっきりと思い出せずにいた。
そして、今――
婚約破棄という最大の屈辱の中で、封印が解けた。
私は、転生者だった。
そして、この世界で「聖女」と呼ばれる存在の力を、持っている。
アプリリアの目が、ゆっくりと開く。
周囲の貴族たちは、まだ大司教の祈りに耳を傾けている。
誰も、彼女の変化に気づいていない。
だが、アプリリアの体の中で、何かが蠢き始めていた。
温かい。
優しい。
しかし、圧倒的な力。
手が、わずかに光ったように感じた。
すぐに消えたが、確かにあった。
エテルナが、こちらを見ていることに気づいた。
妹の瞳に、わずかな動揺が走る。
――なぜ? あなたは聖女の力を持っているはずなのに。
大司教の祈りが終わり、次はルキノの番だ。
王子は一歩前に出て、アプリリアに向き直った。
「アプリリア・フォン・ロズウェル。
私は君との婚約を、正式に破棄する。
これまでの約束は、すべて無効とする」
その声は、昨夜よりもさらに震えていた。
アプリリアは静かに見つめ返す。
「承知いたしました、ルキノ殿下」
周囲から、どよめきが上がる。
誰もが、彼女が泣き崩れるか、激昂するかと思っていた。
だが、アプリリアの声は驚くほど落ち着いていた。
ルキノの表情が、わずかに歪む。
「……何か、言うことはないのか?」
アプリリアは、ゆっくりと微笑んだ。
「ございます」
大広間が、再び静まり返る。
「私は、ルキノ殿下を愛しておりました。
王太子妃として、精一杯務めを果たすつもりでおりました。
しかし、それが叶わぬのであれば――
これからは、自分の道を歩ませていただきます」
その言葉に、貴族たちがざわつく。
「自分の道」とは、何を意味するのか。
エテルナが、焦ったように前に出た。
「お姉様……どうか、これ以上みっともないことはおっしゃらないで。
皆さんが、お可哀想に思ってくださっていますわ」
その言葉に、ヴェゼルたちがくすくすと笑う。
だが、アプリリアは動じない。
「エテルナ。あなたは、本当に聖女の力をお持ちなのね?」
突然の質問に、エテルナの顔が強張った。
「……それは、どういう意味ですか?」
「ただ、確認したかっただけよ。
これから先、王国を支える大事な力になるのですもの」
アプリリアの声は優しかった。
しかし、その瞳の奥に、静かな炎が灯っていた。
大司教が、儀式の最終段階を告げる。
「では、最後に破棄の証として、婚約指輪を返却せよ」
ルキノが、震える手で指輪を差し出す。
アプリリアはそれを静かに受け取り、自分の指から外した同じ指輪と並べた。
二つの指輪が、祭壇の上に置かれる。
その瞬間――
アプリリアの心の中で、何かが弾けた。
前世の記憶が、完全に蘇る。
私は、聖女の力を持っている。
本物の、圧倒的な力。
エテルナのものとは、比べ物にならない。
だが、今はまだ――
見せる時ではない。
アプリリアは指輪を置くと、深く一礼した。
「これで、すべて終わりましたね」
ルキノが、何か言おうとした。
しかし、言葉にならない。
儀式は終了した。
アプリリアはリオを連れ、礼拝堂を後にする。
背後で、貴族たちのざわめきが聞こえる。
「あの令嬢、意外と強かったわね」
「でも、これからどうするつもりかしら? 王宮出入り禁止よ?」
「ロズウェル家も、面目丸潰れね」
だが、アプリリアは振り返らない。
廊下に出て、リオがようやく声を上げた。
「アプリリア様……どうして、あんなに落ち着いていられたんですか?
私だったら、泣き叫んでました!」
アプリリアは、静かに微笑んだ。
「リオ、ありがとう。
でも――これからが、本番なの」
その瞳には、もはや昨夜までの悲しみはなかった。
代わりに、強い光が宿っていた。
前世の記憶。
聖女の力。
すべてが、彼女の中に目覚めた。
王宮を去る日まで、あと少し。
その先にある辺境の領地で、彼女は生まれ変わる。
アプリリアは、窓から差し込む朝陽を見上げた。
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