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第5話: 王宮からの脱出
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第5話: 王宮からの脱出
王宮の正門前で、馬車が静かに待っていた。
簡素な黒い馬車。
公爵家の紋章は外され、ただの旅用馬車のように見える。
アプリリアが辺境領地へ向かうための、最低限の荷物だけが積まれていた。
アプリリアは、白いドレスの上から旅用のマントを羽織っていた。
黒髪をシンプルにまとめ、顔には薄化粧。
それでも、その美しさは隠せなかった。
リオが、荷物を確認しながら小声で呟く。
「アプリリア様、本当にこれでいいんですか?
せめて、もう少し荷物を……」
「これで十分よ、リオ。
新しい生活は、シンプルな方がいいわ」
アプリリアは優しく微笑んだ。
聖女の力が覚醒して以来、心が驚くほど軽かった。
悲しみはまだ胸の奥にある。
だが、それ以上に、未来への期待が湧いていた。
王宮の門番たちが、複雑な表情で二人を見送る。
昨日まで「未来の王太子妃」だった令嬢が、今日、追放同然で去っていく。
しかも、儀式で現れたあの奇跡の光――
誰もが、彼女が本物の聖女だと信じ始めていた。
門の内側から、慌てた足音が近づいてきた。
「アプリリア! 待ってくれ!」
ルキノだった。
金髪を乱し、息を切らして走ってくる。
後ろには、エテルナとヴェゼルたちがついていたが、遠くから様子を窺うだけだ。
アプリリアは馬車に片足をかけたまま、静かに振り返った。
「ルキノ殿下。
何か、ご用でしょうか?」
その声は丁寧で、冷たかった。
ルキノは立ち止まり、息を整えながら言った。
「儀式のあの力……本当に、君が聖女だったなんて……
俺は、知らなかった。エテルナから聞いた話が……」
言い訳が始まる前に、アプリリアは首を振った。
「もう、いいんです。
婚約は破棄されました。すべて終わりましたわ」
ルキノの顔が歪む。
「待ってくれ。もう一度、考え直してくれないか?
王国には、君の力が必要だ。俺にも……」
その言葉に、エテルナが慌てて前に出た。
「ルキノ殿下! どうかお姉様を……
お姉様は、もう王宮に未練はおありではないはずですわ」
妹の声は震えていた。
聖女の力が偽物だと疑われ始め、彼女の立場は危うくなっていた。
アプリリアは、エテルナを静かに見つめた。
「エテルナ。
あなたが聖女の力を偽っていたことは、いつか明らかになるわ。
その時、後悔しないでね」
エテルナの顔が、真っ白になる。
「そ、そんな……私は……」
ルキノが、二人を交互に見て混乱した表情を浮かべる。
「偽っていた? エテルナ、それは……」
「違います! お姉様の嫉妬です!
私を陥れようとしているだけです!」
エテルナの叫びに、ヴェゼルたちが同調する。
しかし、その声はどこか空虚だった。
アプリリアは、もう興味を失ったように馬車に乗り込んだ。
「リオ、行きましょう」
「はい、アプリリア様!」
馬車がゆっくりと動き出す。
ルキノが、最後に駆け寄った。
「アプリリア! 辺境なんて危ない場所だ!
せめて、護衛を……」
「結構です。
私は、もう一人でやっていけます」
馬車の窓から、アプリリアは静かに言った。
「ルキノ殿下。お幸せに。
エテルナも」
馬車が王宮の門をくぐり、街路へ出る。
王都の民たちが、馬車を見てざわついていた。
噂はすでに広がっている。
「黒薔薇の姫が、婚約を破棄された」
「でも、本物の聖女だったらしい」
「王太子が、エテルナという妾腹の娘を選んだそうだ」
視線が痛いほど注がれる。
だが、アプリリアは顔を上げていた。
馬車が王都の外れに出た時、突然――
頭の中に、鮮明な光景が浮かんだ。
――街道の先。森の中。
巨大な魔物が、数人の旅人を襲っている。
血が飛び、悲鳴が上がる。
予知の力だった。
アプリリアの目が、鋭く光る。
「リオ、御者に伝えて。
少し寄り道するわ」
「え? 寄り道ですか?」
「ええ。
人を助けに行くの」
馬車は予定の道を外れ、森へ向かった。
森の奥で、予想通りの光景があった。
巨大な狼型の魔物――フォレストウルフが、三人の商人を追い詰めていた。
一人はすでに重傷を負い、血を流している。
商人たちが悲鳴を上げる。
「助けてくれ!」
アプリリアは馬車から降り、静かに歩み寄った。
魔物が気づき、低く唸る。
赤い目が、アプリリアを睨む。
リオが慌てて止める。
「アプリリア様! 危ないです!」
「大丈夫よ」
アプリリアは両手を掲げた。
再び、眩い光が放たれる。
まず、重傷の商人を癒す。
深い傷が、瞬く間に塞がっていく。
商人たちが、驚愕の声を上げる。
「傷が……治ってる……!」
次に、魔物に向かって光を放つ。
これは治癒ではない。
聖女の力の応用――浄化の光。
魔物が苦しげに咆哮を上げ、体が光に包まれる。
やがて、黒い霧のようなものが抜け出し、魔物は大人しくなって森の奥へ逃げていった。
商人たちが、アプリリアの前に跪いた。
「ありがとうございます! あなたは……神の使いですか?」
アプリリアは優しく微笑んだ。
「ただの旅人です。
お怪我は、もう大丈夫ですね?」
商人たちは涙を流しながら感謝を繰り返した。
彼らは王都の商人で、噂を広めてくれるだろう。
――これが、始まり。
聖女の力で、人々を救う。
その噂が広がれば、いつか王宮にも届く。
馬車に戻り、再び辺境へ向かう。
リオが、興奮した声で言った。
「アプリリア様、すごいです!
予知までできるなんて……本当に聖女様です!」
「リオ、聖女なんて大げさよ。
ただ、少し特別な力があるだけ」
アプリリアは窓の外を見た。
夕陽が、街道を赤く染めている。
辺境の領地は、荒れ果てた土地だ。
魔物の脅威も多い。
だが、そこが彼女の新しい舞台。
自立して、領地を繁栄させる。
人々を癒し、守り、愛される存在になる。
そして、いつか――
王宮に戻り、すべてを清算する。
アプリリアは、静かに拳を握った。
王宮は、もう遠くに見えなくなっていた。
自由な空の下、馬車は進む。
新しい人生への、第一歩。
辺境に到着するのは、明日の朝。
そこで、彼女は本当の自分を取り戻す。
アプリリアの瞳に、希望の光が宿っていた。
王宮の正門前で、馬車が静かに待っていた。
簡素な黒い馬車。
公爵家の紋章は外され、ただの旅用馬車のように見える。
アプリリアが辺境領地へ向かうための、最低限の荷物だけが積まれていた。
アプリリアは、白いドレスの上から旅用のマントを羽織っていた。
黒髪をシンプルにまとめ、顔には薄化粧。
それでも、その美しさは隠せなかった。
リオが、荷物を確認しながら小声で呟く。
「アプリリア様、本当にこれでいいんですか?
せめて、もう少し荷物を……」
「これで十分よ、リオ。
新しい生活は、シンプルな方がいいわ」
アプリリアは優しく微笑んだ。
聖女の力が覚醒して以来、心が驚くほど軽かった。
悲しみはまだ胸の奥にある。
だが、それ以上に、未来への期待が湧いていた。
王宮の門番たちが、複雑な表情で二人を見送る。
昨日まで「未来の王太子妃」だった令嬢が、今日、追放同然で去っていく。
しかも、儀式で現れたあの奇跡の光――
誰もが、彼女が本物の聖女だと信じ始めていた。
門の内側から、慌てた足音が近づいてきた。
「アプリリア! 待ってくれ!」
ルキノだった。
金髪を乱し、息を切らして走ってくる。
後ろには、エテルナとヴェゼルたちがついていたが、遠くから様子を窺うだけだ。
アプリリアは馬車に片足をかけたまま、静かに振り返った。
「ルキノ殿下。
何か、ご用でしょうか?」
その声は丁寧で、冷たかった。
ルキノは立ち止まり、息を整えながら言った。
「儀式のあの力……本当に、君が聖女だったなんて……
俺は、知らなかった。エテルナから聞いた話が……」
言い訳が始まる前に、アプリリアは首を振った。
「もう、いいんです。
婚約は破棄されました。すべて終わりましたわ」
ルキノの顔が歪む。
「待ってくれ。もう一度、考え直してくれないか?
王国には、君の力が必要だ。俺にも……」
その言葉に、エテルナが慌てて前に出た。
「ルキノ殿下! どうかお姉様を……
お姉様は、もう王宮に未練はおありではないはずですわ」
妹の声は震えていた。
聖女の力が偽物だと疑われ始め、彼女の立場は危うくなっていた。
アプリリアは、エテルナを静かに見つめた。
「エテルナ。
あなたが聖女の力を偽っていたことは、いつか明らかになるわ。
その時、後悔しないでね」
エテルナの顔が、真っ白になる。
「そ、そんな……私は……」
ルキノが、二人を交互に見て混乱した表情を浮かべる。
「偽っていた? エテルナ、それは……」
「違います! お姉様の嫉妬です!
私を陥れようとしているだけです!」
エテルナの叫びに、ヴェゼルたちが同調する。
しかし、その声はどこか空虚だった。
アプリリアは、もう興味を失ったように馬車に乗り込んだ。
「リオ、行きましょう」
「はい、アプリリア様!」
馬車がゆっくりと動き出す。
ルキノが、最後に駆け寄った。
「アプリリア! 辺境なんて危ない場所だ!
せめて、護衛を……」
「結構です。
私は、もう一人でやっていけます」
馬車の窓から、アプリリアは静かに言った。
「ルキノ殿下。お幸せに。
エテルナも」
馬車が王宮の門をくぐり、街路へ出る。
王都の民たちが、馬車を見てざわついていた。
噂はすでに広がっている。
「黒薔薇の姫が、婚約を破棄された」
「でも、本物の聖女だったらしい」
「王太子が、エテルナという妾腹の娘を選んだそうだ」
視線が痛いほど注がれる。
だが、アプリリアは顔を上げていた。
馬車が王都の外れに出た時、突然――
頭の中に、鮮明な光景が浮かんだ。
――街道の先。森の中。
巨大な魔物が、数人の旅人を襲っている。
血が飛び、悲鳴が上がる。
予知の力だった。
アプリリアの目が、鋭く光る。
「リオ、御者に伝えて。
少し寄り道するわ」
「え? 寄り道ですか?」
「ええ。
人を助けに行くの」
馬車は予定の道を外れ、森へ向かった。
森の奥で、予想通りの光景があった。
巨大な狼型の魔物――フォレストウルフが、三人の商人を追い詰めていた。
一人はすでに重傷を負い、血を流している。
商人たちが悲鳴を上げる。
「助けてくれ!」
アプリリアは馬車から降り、静かに歩み寄った。
魔物が気づき、低く唸る。
赤い目が、アプリリアを睨む。
リオが慌てて止める。
「アプリリア様! 危ないです!」
「大丈夫よ」
アプリリアは両手を掲げた。
再び、眩い光が放たれる。
まず、重傷の商人を癒す。
深い傷が、瞬く間に塞がっていく。
商人たちが、驚愕の声を上げる。
「傷が……治ってる……!」
次に、魔物に向かって光を放つ。
これは治癒ではない。
聖女の力の応用――浄化の光。
魔物が苦しげに咆哮を上げ、体が光に包まれる。
やがて、黒い霧のようなものが抜け出し、魔物は大人しくなって森の奥へ逃げていった。
商人たちが、アプリリアの前に跪いた。
「ありがとうございます! あなたは……神の使いですか?」
アプリリアは優しく微笑んだ。
「ただの旅人です。
お怪我は、もう大丈夫ですね?」
商人たちは涙を流しながら感謝を繰り返した。
彼らは王都の商人で、噂を広めてくれるだろう。
――これが、始まり。
聖女の力で、人々を救う。
その噂が広がれば、いつか王宮にも届く。
馬車に戻り、再び辺境へ向かう。
リオが、興奮した声で言った。
「アプリリア様、すごいです!
予知までできるなんて……本当に聖女様です!」
「リオ、聖女なんて大げさよ。
ただ、少し特別な力があるだけ」
アプリリアは窓の外を見た。
夕陽が、街道を赤く染めている。
辺境の領地は、荒れ果てた土地だ。
魔物の脅威も多い。
だが、そこが彼女の新しい舞台。
自立して、領地を繁栄させる。
人々を癒し、守り、愛される存在になる。
そして、いつか――
王宮に戻り、すべてを清算する。
アプリリアは、静かに拳を握った。
王宮は、もう遠くに見えなくなっていた。
自由な空の下、馬車は進む。
新しい人生への、第一歩。
辺境に到着するのは、明日の朝。
そこで、彼女は本当の自分を取り戻す。
アプリリアの瞳に、希望の光が宿っていた。
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