婚約破棄された公爵令嬢は真の聖女でした ~偽りの妹を追放し、冷徹騎士団長に永遠を誓う~

鷹 綾

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第7話: 領地の惨状と決意

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第7話: 領地の惨状と決意

辺境の朝は、早かった。

アプリリアは窓から差し込む柔らかな朝陽に目を覚ました。  
館のベッドは古く、シーツも少し湿っていたが、それでも心地よかった。  
王宮の豪奢な寝室とは違う、この素朴さが、彼女の心を落ち着かせた。

「アプリリア様、おはようございます!」

リオが元気に部屋に入ってきた。  
手に盆を抱え、簡単な朝食を運んでいる。  
焼きたてのパンと、蜂蜜、温かいハーブティー。  
領地の食材で作れる、最善のものだった。

「リオ、ありがとう。  
あなたも早起きね」

アプリリアは微笑みながら起き上がり、身支度を整えた。  
今日は領地を本格的に調査する日だ。

二人は館を出て、村へと向かった。

黒薔薇の谷の村は、昨日見た以上に荒れていた。  
家々の屋根は穴が開き、壁は崩れかけている。  
道は泥濘み、排水溝は詰まって悪臭を放っていた。  
畑は痩せ、作物はまばらにしか育っていない。

村人たちは、アプリリアを見つけると遠慮がちに頭を下げた。  
昨日癒してもらった人々は、感謝の言葉をかけるが、瞳にはまだ不安が宿っていた。

「アプリリア様……本当に、ここに住まわれるのですか?」  
村長の老人が、再び尋ねた。

「ええ。  
この領地は、私の大切な場所になるんです」

アプリリアは村の中心にある井戸のそばで立ち止まり、周囲を見回した。

子供たちが遠くから覗いている。  
痩せた体、汚れた服。  
老いた人々は腰を曲げ、咳き込んでいる。

――これが、私の領地。

父が与えた、名ばかりの土地。  
税を納めさせるだけの、捨てられた場所。

だが、今は違う。  
ここを、私の手で変える。

アプリリアは静かに決意した。

まず、村人たちを集めてもらった。  
広場に、百人ほどの領民が集まる。

「皆さん、こんにちは。  
私はアプリリア・フォン・ロズウェル。  
これから、この領地の領主として皆さんと一緒に暮らします」

最初はざわめきがあった。  
王宮から追放された令嬢が、なぜこんな辺境に?  
婚約破棄の噂は、ぼんやりと届いていた。

だが、アプリリアは穏やかに続けた。

「昨日、少しだけ私の力を見ていただきました。  
病気を癒す力。作物を育てる力。  
それを使って、皆さんの生活を良くしていきたいと思っています」

村人たちは半信半疑だった。  
だが、アプリリアが一人の老婦人の前に跪き、手をかざすと――

淡い光が広がり、老婦人の慢性の腰痛が消えた。

「腰が……軽い……!」  
老婦人が涙を流す。

次に、咳き込む子供。  
次に、古傷を抱える男性。

一人一人、アプリリアは丁寧に癒していった。

光が広がるたび、村人たちの表情が変わっていく。  
驚きから、希望へ。

「本当に……奇跡だ……」  
「アプリリア様は、神様の使いだ……」

リオが、横で興奮気味に囁く。

「アプリリア様、みんなの目が変わってますよ!  
もう、完全にファンになってます!」

アプリリアは苦笑しながら、小声で返した。

「ファンだなんて、リオったら。  
でも、嬉しいわ」

午後には、畑の調査に移った。

痩せた土に、アプリリアは手を触れた。

聖女の力で、土壌を浄化し、栄養を補う。  
枯れかけた麦が、みるみるうちに緑を取り戻す。  
背丈が伸び、穂が重くなる。

村人たちが、歓声を上げた。

「作物が……こんなに早く……!」  
「これなら、今年は飢えない……!」

しかし、喜びも束の間。  
遠くの森から、不穏な気配が伝わってきた。

予知の力で、魔物の群れが近づいているのがわかった。

アプリリアは静かに立ち上がった。

「皆さん、少しお静かに。  
今夜か明日、魔物が襲ってくるかもしれません」

村人たちが青ざめる。

「魔物……またか……」  
「去年は、三人も殺された……」

アプリリアは優しく微笑んだ。

「大丈夫です。  
今度は、私が守ります」

その言葉に、村人たちは初めて、本当に信じた。

夕方、館に戻ったアプリリアは、疲れ果てていた。  
聖女の力を使いすぎたせいか、体が少し重い。

リオが、心配そうにスープを運んできた。

「アプリリア様、無理しないでくださいね。  
今日だけで、何十人も癒したんですよ?」

「ありがとう、リオ。  
でも、まだまだよ。  
この領地を、本当に豊かにするには、もっと力がいるわ」

二人は食堂で簡単な夕食を取った。  
料理人は、アプリリアのために腕を振るってくれた。  
新鮮な野菜と、領地で獲れた鹿肉の煮込み。

「リオ、この領地の人たち、優しいわね」  
「はい! みんな、アプリリア様のこと大好きになってます!  
さっき村で、『アプリリア様は我らの希望だ』って言ってるおじいさんいましたよ!」

アプリリアは微笑んだ。

――希望。

王宮では、誰も私を必要としなかった。  
ルキノも、エテルナも、父も。  
みんな、私を捨てた。

でも、ここでは違う。  
ここでは、私が必要とされている。

その夜、アプリリアは屋敷の屋根裏部屋を片付けた。  
古い書物や地図が出てきた。  
領地の歴史。  
魔物の出没記録。  
土壌の分析。

「これを活かせば、もっと効率的に変えられるわ」

リオが、手伝いながら言った。

「アプリリア様、昔から勉強熱心でしたよね。  
王宮でも、いつも本を読んでました」

「ええ。  
前世の知識も、少し役に立つのよ」

リオが首を傾げる。

「前世……?」

「なんでもないわ。  
私の独り言よ」

二人は笑い合った。

夜遅く、アプリリアは一人で庭に出た。

星空が、美しかった。  
王宮では見えなかった、無数の星。

――ガイア。

昨夜感じた、あの銀色の気配。  
まだ、森のどこかにいる。

明日、魔物が襲ってきた時。  
きっと、彼が現れる。

アプリリアの胸が、わずかに高鳴った。

クールで、強い騎士。  
どんな人なのだろう。

だが、今はそれよりも――

領地を守ること。  
人々を幸せにすること。

それが、彼女の新しい使命。

アプリリアは静かに拳を握った。

王宮のことは、まだ胸が痛む。  
ルキノの冷たい言葉。  
エテルナの偽りの涙。

でも、もう泣かない。

ここで、強くなる。

聖女の力で、領地を繁栄させる。

そしていつか、  
王宮に戻る。

すべてを、華麗に逆転するために。

庭の風が、優しくアプリリアの黒髪を揺らした。

新たな決意の夜。  
黒薔薇の谷は、静かに眠りについた。

だが、遠くの森では、  
銀髪の騎士が、領地の灯りを静かに見つめていた。

――あそこに、いるのか。

聖女の力を持つ娘が。

ガイア・ヴァルハルトは、剣の柄に手をかけ、静かに呟いた。

明日、会いに行く。

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