婚約破棄された悪役令嬢ですが、英雄にも聖女にもなりません

鷹 綾

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第2話 聖女と呼ばれる少女の微笑み

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第2話 聖女と呼ばれる少女の微笑み

 意識を取り戻したとき、天井がぼんやりと揺れて見えた。
 白い天蓋、淡い香りの漂う部屋。見慣れた――王立学園の医務室だ。

「……ここは……」

「お姉様!」

 その声を聞いた瞬間、胸の奥がひくりと震えた。

 ベッドの脇に立っていたのは、ミリアだった。
 心配そうに眉を下げ、今にも泣き出しそうな表情。周囲に控える侍女や教師たちも、彼女に同情的な視線を向けている。

「突然倒れられるなんて……私、とても心配しました」

 そう言いながら、ミリアはそっと私の手を握った。
 細く、冷たい指。

「……そう」

 短く答えた私に、ミリアは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせる。
 けれどすぐに、柔らかな微笑みを浮かべた。

「お姉様……その、先ほどのことですが……」

 その言葉を合図に、医務室の空気が重くなる。

 誰もが知っている。
 卒業パーティーで何が起きたのかを。

「殿下も、苦しんでおられたのです。国の未来を考えれば、聖女である私が必要だと……」

 聖女。
 その言葉が、まるで免罪符のように使われる。

「ですから……どうか、殿下を責めないでください」

 ミリアは伏し目がちに言い、涙を滲ませた。

 ――ああ、やっぱり。

 前世の記憶が蘇った今なら、はっきり分かる。
 この子は、最初から“そういう役”を演じている。

 健気で、儚くて、守られるべき存在。
 そして、その隣に立つ私は――悪役。

「ミリア様はお優しい……」 「やはり聖女様だわ」 「エレナ様も、反省なさっているでしょう」

 周囲の囁きが、耳に刺さる。

 私はゆっくりと上体を起こし、ミリアの顔をまっすぐ見つめた。

「……ねえ、ミリア」

「はい?」

「あなた、本当に聖女なの?」

 医務室が、凍りついた。

 ミリアの目が一瞬だけ見開かれる。
 ほんの一瞬。けれど、私は見逃さなかった。

「な、何をおっしゃるのですか……?」

「聖女の力があると、皆そう言うけれど……私は、一度も“奇跡”を直接見たことがないわ」

 声は、驚くほど冷静だった。
 自分でも不思議なくらい。

「お姉様……お疲れなのですわ。混乱なさっているのですね」

 ミリアは困ったように笑い、周囲に助けを求める視線を送る。

「聖女様を疑うなんて……」 「やはり、婚約破棄のショックで……」

 ほら、すぐにこうなる。

 ミリアは、もう何も言わない。
 言わなくても、周囲が勝手に私を裁いてくれるのだから。

(……ゲームと同じ)

 前世でプレイした『ロイヤル・エタニティ』。
 この場面も、あった。

 聖女を疑った悪役令嬢が、逆に非難され、孤立するイベント。
 選択肢を間違えれば、即バッドエンドに向かう分岐。

(でも……)

 私は、もう“選ばされる側”じゃない。

「……ごめんなさい」

 私は目を伏せ、そう言った。

「少し、混乱していたみたい。聖女様を疑うなんて、失礼だったわ」

 ミリアの顔に、安堵の色が浮かぶ。

「いえ……分かっていただければ……」

 その微笑みの奥に、微かな勝ち誇りを感じた。

 ――でも。

 胸の奥で、別の感覚が静かに目を覚ましていた。

 熱。
 いや、正確には“流れ”。

 体内のどこかで、魔力が微かに脈打っている。
 長い間、押さえつけられていた何かが、目覚めかけている感覚。

(これが……封印された力……?)

 ミリアの聖女の力。
 それが“何かを吸い取って成り立っている”のだとしたら――。

 私は、まだ何も言わない。
 まだ、動かない。

 けれど、確信だけは芽生えていた。

 この世界で“本物”なのは、どちらなのか。
 それを証明する日は、必ず来る。

 ミリアが聖女として微笑むたび、
 私の中で、静かに復讐の歯車が回り始めていた。
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