婚約破棄された悪役令嬢ですが、英雄にも聖女にもなりません

鷹 綾

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第13話 騎士団長ルーカスという男

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第13話 騎士団長ルーカスという男

 アルヴェルの朝は、少し湿った風とともに始まる。

 宿を出て通りに出ると、石畳の上に朝露が残り、靴底がかすかに音を立てた。
 私は外套のフードを軽く被り、いつものようにギルドへ向かう。

(……今日は、落ち着いていればいい)

 名を隠す。
 力を抑える。

 その方針を固めたばかりなのに――。

「エレナ」

 背後から、低く落ち着いた声がかかった。

 反射的に足が止まる。
 振り返ると、そこに立っていたのは、昨日見かけた騎士だった。

 いや、違う。

 近くで見ると分かる。
 鎧の質、立ち姿、周囲の騎士たちの距離感。

(……団長クラス)

 銀色の甲冑を纏ったその男は、私をまっすぐ見つめていた。

「昨日は、急に声をかけてすまなかった」

「……いえ」

 私は、警戒を悟られないよう、軽く頭を下げる。

「改めて名乗ろう。
 王国騎士団団長、ルーカス・ヴァルトラインだ」

 ――団長。

 心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

(王太子の側近……だったはず)

 ゲームの記憶が、瞬時に蘇る。
 王太子クリストフの親友であり、忠実な騎士。

 そして――
 攻略対象の一人。

(最悪のタイミングね……)

「私は、エレナと申します。ただの冒険者です」

 慎重に、距離を取る言葉を選ぶ。

「それは承知している」

 ルーカスは頷いた。

「だが、冒険者にしては、少し不自然だ」

 直球だった。

「薬草の質を見抜く目。
 調合の精度。
 そして――視線の動き」

 彼は、私の目を逸らさずに続ける。

「戦場を知らない者の目ではない」

 ――鋭い。

 私は、内心で舌を巻いた。

(さすが、団長)

「……買いかぶりすぎです」

「そうだといい」

 ルーカスは、ふっと息を吐いた。

「安心しろ。
 君を捕らえに来たわけでも、連行するつもりもない」

 そう言って、彼は周囲を一度だけ見回した。

「ただ、確認したかった」

「……何を、ですか?」

「君が――王都から逃げてきた“何か”ではないかを」

 一瞬、世界が静止したように感じた。

 だが、ルーカスの表情は、敵意ではなく――戸惑いに近い。

「最近、王都で妙な動きがある」

 声を落とし、彼は続ける。

「聖女を巡る噂。
 王太子の独断的な決定。
 そして……消えた公爵令嬢」

 ――やはり、来た。

「私は、王都のやり方に疑問を持っている」

 その言葉は、予想外だった。

「力ある者が、正しく扱われていない。
 それが、今の王国だ」

 彼は、私から一歩距離を取った。

「だから――君が何者であれ、
 今は、ここで静かに生きたいだけなら、それを邪魔するつもりはない」

 私は、彼をじっと見つめた。

 騎士団長。
 王太子の親友。

 それでも、この男は――
 完全には、王太子の側に立っていない。

「……ありがとうございます」

 それ以上、言葉は出なかった。

 ルーカスは、ほんの少しだけ微笑んだ。

「冒険者エレナ。
 何か困ったことがあれば、ギルドを通せ」

「それは……特別扱いでは?」

「気にするな」

 彼は、踵を返しながら言った。

「ただの、個人的な興味だ」

 その背中を見送りながら、私は深く息を吐いた。

(……厄介ね)

 けれど。

 同時に、胸の奥で小さな確信が生まれていた。

 この男は、
 盲目的に誰かに従う騎士ではない。

 そして――。

(きっと、避けては通れない)

 私は、ギルドの扉を押し開ける。

 運命は、また一人。
 重要な人物を、私の前に差し出した。

 それが味方になるか、
 それとも――試練になるかは、まだ分からない。

 ただ一つ確かなのは。

 私の物語は、もう“誰にも知られずに終わる話”ではなくなりつつある。
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