12 / 38
第12話 それでも、私は名を隠す
しおりを挟む
第12話 それでも、私は名を隠す
その夜、宿の部屋はいつもより静かに感じられた。
外では酒場の笑い声が響いているはずなのに、
私の耳には、自分の呼吸音だけがやけに大きく聞こえる。
(……騎士団)
昼間の出来事を、何度も頭の中で反芻する。
穏やかな態度。
威圧はない。
けれど、あの視線は――確実に“探る側”のものだった。
私は、机の上に並べたポーション瓶を見つめる。
淡い緑色。
控えめで、どこにでもありそうな見た目。
(これが、目を引きすぎてる)
品質を上げすぎた。
ほんの一割――その“ほんの少し”が、思った以上に効いている。
「……油断したわね」
前世の感覚で言えば、
ブラック企業で「仕事ができる新人」になってしまった状態。
放っておけば、仕事は増え、責任は重くなり、
最後には逃げ場がなくなる。
私は、ノートを開き、これまでの調合記録を見直した。
抽出温度。
攪拌時間。
魔力の流し方。
(……落とす)
品質を、意図的に。
完全な失敗ではない。
けれど、“普通”に見えるレベルまで。
それが、今の最適解。
翌日、私はいつも通りギルドへ向かった。
表情も、歩調も、変えない。
「おはよう、エレナ」
赤毛の受付嬢が、少しだけ探るような目でこちらを見る。
「おはようございます」
「今日も調合?」
「ええ。ただ、少し手順を変えてみようと思って」
調合室に入り、私は意識的に魔力の介入を減らした。
温度は少し高め。
攪拌は、やや粗く。
完成したポーションは、昨日までよりも色が濁っている。
(……これでいい)
鑑定結果は、基準値ぎりぎり。
「……普通、ね」
受付嬢がそう言って、ちらりと私を見る。
「前より、落ちた?」
「調合って、毎回同じ結果にならないものですから」
私は、困ったように笑った。
それ以上、彼女は何も言わなかった。
――成功。
その日の午後、私は依頼掲示板の前で足を止めた。
薬草採取。
簡単な護衛。
雑用。
そこに、一枚の札が貼られている。
『薬師見習い募集
短期・匿名可』
私は、その文字をじっと見つめた。
(……選択肢は、一つじゃない)
冒険者として。
調合師として。
あるいは――誰にも知られず、力を磨く存在として。
私は、その依頼札を取らなかった。
今は、まだ。
名を上げる必要はない。
居場所を増やす必要もない。
まずは、足場を固める。
ギルドを出ると、昨日見かけた騎士団の姿はなかった。
街は、いつものアルヴェルに戻っている。
夕暮れの風に、外套の裾が揺れる。
「……私は、私のやり方で生きる」
誰に評価されなくてもいい。
誰に認められなくてもいい。
名を隠し、
力を抑え、
静かに前へ進む。
それが、処刑エンドを完全に遠ざけるための道。
私は、宿へ戻る足取りを少しだけ速めた。
嵐が来るなら、
その前に――
私は、もっと強くなっておく必要があるのだから。
その夜、宿の部屋はいつもより静かに感じられた。
外では酒場の笑い声が響いているはずなのに、
私の耳には、自分の呼吸音だけがやけに大きく聞こえる。
(……騎士団)
昼間の出来事を、何度も頭の中で反芻する。
穏やかな態度。
威圧はない。
けれど、あの視線は――確実に“探る側”のものだった。
私は、机の上に並べたポーション瓶を見つめる。
淡い緑色。
控えめで、どこにでもありそうな見た目。
(これが、目を引きすぎてる)
品質を上げすぎた。
ほんの一割――その“ほんの少し”が、思った以上に効いている。
「……油断したわね」
前世の感覚で言えば、
ブラック企業で「仕事ができる新人」になってしまった状態。
放っておけば、仕事は増え、責任は重くなり、
最後には逃げ場がなくなる。
私は、ノートを開き、これまでの調合記録を見直した。
抽出温度。
攪拌時間。
魔力の流し方。
(……落とす)
品質を、意図的に。
完全な失敗ではない。
けれど、“普通”に見えるレベルまで。
それが、今の最適解。
翌日、私はいつも通りギルドへ向かった。
表情も、歩調も、変えない。
「おはよう、エレナ」
赤毛の受付嬢が、少しだけ探るような目でこちらを見る。
「おはようございます」
「今日も調合?」
「ええ。ただ、少し手順を変えてみようと思って」
調合室に入り、私は意識的に魔力の介入を減らした。
温度は少し高め。
攪拌は、やや粗く。
完成したポーションは、昨日までよりも色が濁っている。
(……これでいい)
鑑定結果は、基準値ぎりぎり。
「……普通、ね」
受付嬢がそう言って、ちらりと私を見る。
「前より、落ちた?」
「調合って、毎回同じ結果にならないものですから」
私は、困ったように笑った。
それ以上、彼女は何も言わなかった。
――成功。
その日の午後、私は依頼掲示板の前で足を止めた。
薬草採取。
簡単な護衛。
雑用。
そこに、一枚の札が貼られている。
『薬師見習い募集
短期・匿名可』
私は、その文字をじっと見つめた。
(……選択肢は、一つじゃない)
冒険者として。
調合師として。
あるいは――誰にも知られず、力を磨く存在として。
私は、その依頼札を取らなかった。
今は、まだ。
名を上げる必要はない。
居場所を増やす必要もない。
まずは、足場を固める。
ギルドを出ると、昨日見かけた騎士団の姿はなかった。
街は、いつものアルヴェルに戻っている。
夕暮れの風に、外套の裾が揺れる。
「……私は、私のやり方で生きる」
誰に評価されなくてもいい。
誰に認められなくてもいい。
名を隠し、
力を抑え、
静かに前へ進む。
それが、処刑エンドを完全に遠ざけるための道。
私は、宿へ戻る足取りを少しだけ速めた。
嵐が来るなら、
その前に――
私は、もっと強くなっておく必要があるのだから。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
四の五の言わず離婚届にサインをしてくれません?
白雲八鈴
恋愛
アルディーラ公爵夫人であるミレーネは、他の人からみれば羨ましいと思える立場にいた。
王妹の母譲りの美人の顔立ち、公爵夫人として注目を集める立場、そして領地の運営は革命と言えるほど領地に潤いを与えていた。
だが、そんなミレーネの心の中にあるのは『早く離婚したい』だった。
順風満帆と言えるミレーネは何が不満なのか。その原因は何か。何故離婚できないのか。
そこから始まる物語である。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
10日後に婚約破棄される公爵令嬢
雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。
「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」
これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる