婚約破棄された悪役令嬢ですが、英雄にも聖女にもなりません

鷹 綾

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第27話 象徴にされる前に

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第27話 象徴にされる前に

 夜更け、アルヴェルの街は静まり返っていた。

 宿の部屋で、私は灯りを落とし、窓辺に立つ。
 外は平穏そのもの。
 けれど、その静けさが――今は怖い。

(“新しい聖女候補”……ね)

 王都が、回復薬事件の余波を
 一人の象徴にまとめようとしている。

 問題を収束させるため。
 民衆に分かりやすい物語を与えるため。

 ――よくある手だ。

(でも、それは)

(真実を、また歪める)

 私は、机に置いたノートを開いた。
 王都で使ったものとは別の、私的な記録。

 そこに、短く書き足す。

『聖女=奇跡
 技術=理解
 両立させるな』

 両立した瞬間、
 技術は信仰に飲み込まれる。

 そして、信仰は――
 必ず、誰かを生贄にする。

 翌朝、ギルドは騒がしかった。

「聞いたか?
 王都で“新聖女”の話が出てるらしいぞ」 「回復薬を見抜いた、謎の力を持つ女性だって」

 私は、何も言わずに依頼板の前に立つ。

 視線が、ちらり、ちらりと向けられる。

(……まずい)

 ここで否定すれば、
 かえって注目を集める。

 肯定など、論外だ。

 受付の赤毛の女性が、困った顔で近づいてきた。

「エレナ……」

「分かっています」

 私は、先にそう言った。

「でも、私は何も言いません」

「それが……」

 彼女は声を潜める。

「今日、王都から“聖女調査官”が来るって」

 胸の奥が、冷たくなる。

(……早すぎる)

 噂が、もう制度になりかけている。

 昼前、私はギルドを出て、
 人目につかない裏庭へ向かった。

 そこには、すでにルーカスがいた。

「……状況は、想像以上に悪い」

 彼は、開口一番そう言った。

「王都は、事件の“収束役”を必要としている。
 それが、聖女だ」

「私を、ですか?」

「直接ではない」

 ルーカスは、首を振る。

「だが、君の鑑定が核になっている。
 聖女は、その“顔”だ」

 私は、短く息を吐いた。

「……切り離す必要がありますね」

「どうやって?」

 私は、少し考えてから答えた。

「技術は、技術として前に出す」

「匿名で?」

「ええ。
 でも今回は、“個人”ではなく」

 ルーカスの視線が、鋭くなる。

「……組織か」

「仮でもいい。
 “聖女の奇跡”ではなく、
 “技術者集団の検証結果”として扱わせる」

 沈黙。

 やがて、ルーカスは低く笑った。

「厄介だが……理にかなっている」

「時間は、あまりありません」

 私は、はっきりと言った。

「象徴が固定される前に、
 物語を書き換えないと」

 夕方、私は宿に戻り、机に向かった。

 ペンを取り、書き始める。

 鑑定報告書――
 第二版。

 そこには、個人の視点も、奇跡の言葉も入れない。

 ・再現手順
 ・検証条件
・複数名での確認を前提とした結論

(……これなら)

(“聖女”は、要らない)

 夜が更ける頃、ノックの音。

 扉を開けると、赤毛の受付の女性が立っていた。

「……これ、王都に回すわね」

 私が差し出した書類を、彼女は受け取る。

「ありがとう」

「……本当に、表に出ないのね」

「ええ」

 私は、静かに笑った。

「象徴になると、
 正しいことができなくなりますから」

 扉が閉まり、再び一人になる。

 私は、椅子にもたれ、目を閉じた。

 処刑エンドを避けるために始めた人生は、
 いつの間にか――
 “象徴になることを拒む戦い”に変わっていた。

 だが、引くつもりはない。

 名を出さずとも、
 物語は書き換えられる。

 象徴にされる前に。

 私は、静かに次の一手を描き始めていた。
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