婚約破棄された悪役令嬢ですが、英雄にも聖女にもなりません

鷹 綾

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第26話 帰還、そして静かな違和感

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第26話 帰還、そして静かな違和感

 王都を発った馬車が、アルヴェルの街門をくぐったのは、翌日の夕刻だった。

 石壁の色も、空気の匂いも、見慣れたはずなのに――
 胸の奥に、微かな引っかかりが残っている。

(……何かが、ズレている)

 それは危険の予感というより、
 もっと静かで、曖昧な違和感だった。

 宿に戻ると、女将がほっとした顔で迎えてくれる。

「お帰りなさい。
 留守中、騎士様が一度、顔を出したわよ」

「……騎士?」

「ええ。用件は言わなかったけど、
 無事に戻ったら伝えてほしいって」

 ――ルーカス。

 私は礼を言い、部屋へ向かった。

 荷を下ろし、椅子に腰を下ろす。
 王都で使ったノートを机に置き、そっと閉じる。

(……役目は果たした)

 そう思っているのに、
 心は妙に落ち着かない。

 翌朝、ギルドへ顔を出すと、
 街の空気が確かに変わっていた。

「回復薬の件、王都が正式に調査に入ったってさ」 「怪しい商人、何人か消えたらしい」 「でも……」

 “でも”の先が、誰も続けない。

 私は、受付の赤毛の女性のもとへ向かった。

「何か……ありました?」

 彼女は、少し困ったように眉を下げる。

「大きな混乱は、収まったわ。
 被害者も、全員回復してる」

 胸をなで下ろす。

「ただ……」

 やはり、続きがあった。

「回復薬の流通が、妙に一斉に止まったの」

「……止まった?」

「ええ。
 王都の指示で、主要な卸が全部、動きを止めてる」

 それは――。

(正しい対応。
 でも、拙速すぎる)

 回復薬は、命に直結する。
 止めるなら、代替も同時に用意すべきだ。

「冒険者たち、苛立ってるわ。
 また別の“噂”が出始めてる」

 私は、嫌な予感を覚えた。

「どんな噂ですか?」

「……“偽物を暴いたのは、
 新しい聖女候補だ”って」

 思考が、一瞬止まる。

(……聖女?)

 回復薬の件と、
 “聖女”の肩書き。

 それは、王都で最も政治に近い言葉だ。

「誰が、そんな話を?」

「分からない。
 でも、王都発だって」

 ――利用されている。

 真相を暴くための鑑定が、
 いつの間にか“権威づけ”に使われている。

(……これは、危ない)

 私は、礼を言ってその場を離れた。

 街を歩きながら、考える。

 王都は、問題を“解決”しようとしている。
 だが、その方法が――
 新しい象徴を作ることなら?

(責任を、誰かに集めるつもり)

 それは、
 聖女でも、
 鑑定者でも、
 最悪の場合――
 “正体不明の技術者”でもいい。

 夕方、宿へ戻ると、
 部屋の前に、見慣れた影が立っていた。

「……無事でよかった」

 ルーカスだった。

「王都の件、聞いた」

「ええ」

「そして、もう一つ」

 彼は、声を落とす。

「君の鑑定が、
 “聖女の奇跡”と結びつけられ始めている」

 やはり。

「……最悪の展開ですね」

「最悪ではない」

 ルーカスは、はっきりと言った。

「だが、
 放置すれば、必ず歪む」

 私は、静かに頷く。

 処刑エンドから逃げるために始めた道は、
 いつの間にか――
 “象徴にされる危険”と、隣り合わせになっていた。

(……次は)

(隠れるだけでは、足りない)

 部屋に戻り、窓を閉める。

 街は、平穏を装っている。
 けれど、その下で、
 新しい歯車が、音もなく噛み合い始めていた。

「……帰ってきたのに」

 小さく、苦笑する。

 アルヴェルは、確かに私の居場所だ。
 でも、もう“安全地帯”ではない。

 第26話は、戦いの回ではない。
 けれど――
 次の戦いが、力ではなく“意味”を巡るものになる。

 その予感だけが、
 静かに、確かに胸に残っていた。
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