『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』

鷹 綾

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第34話『差し伸べられた手は、やけに温かくて』

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第34話『差し伸べられた手は、やけに温かくて』

隣国ヴァルティア郊外。
アイオンが担当する視察任務に、エヴァントラも同行することになった。

彼女の知識が必要なのと、
王室から「宰相補佐の仮妻としての公務訓練も兼ねよ」と命が出たためだ。

馬車の中、エヴァントラは窓の景色を見つめながら言う。

「こういう外出は久しぶりですわ」

「緊張していないか?」

「しているように見えますの?」

「……いや、全然」

(むしろ俺の方が緊張している……)

アイオンは心の中で嘆息した。
隣に座るエヴァントラとの距離が近すぎて、自然に呼吸が浅くなる。

エヴァントラは気づかぬまま、本を読み始めている。

(落ち着かなければ……落ち着かなければ……!)

しかしその念は、後にあっさり破られる。


---

◆◆視察地で起きた突発事件

視察先の村は、豊かな農地が広がるのどかな場所だった。

ところが状況は緊迫していた。

「領主代理からの報告では、盗賊が近くに潜んでいるとか」

「本来なら軍が対処すべきだが……
地域も小さく人手が足りない。俺たちで状況確認をする」

アイオンが説明していると、

ガサッ――

茂みの奥で不穏な音がした。

護衛たちが一斉に構える。

「誰だ!」

次の瞬間、
布で顔を覆った男が飛び出してきた。

「ちっ……抜け道が塞がれてやがる!」

複数いる。
そのうちの一人が、明らかにエヴァントラのほうへ駆けた。

護衛が追いつかない距離。

「……っ!」

エヴァントラは風の術式を構えかけた──が、
相手の動きが予想以上に速い。

その瞬間。

「エヴァントラ!!」

アイオンが彼女の腕を強く抱き寄せた。

直後、男が抜けようとした方向へ護衛が飛び込み、盗賊は取り押さえられた。

危機は一瞬で収束した。

だが――

(ち、近い……!)

エヴァントラは胸の鼓動が跳ね上がるのを感じた。

アイオンの腕がまだ、自分の肩をしっかりと抱いている。

「……っ、す、すみません。大丈夫か?」

彼の声は震えていた。

「え、ええ……私は無事ですわ」

アイオンは顔をしかめ、ぎゅっと彼女を抱きしめる力を強めた。

「よかった……
もし君に何かあったら……俺は……」

その声は、明確に“本気の焦り”だった。

(そんな……どうしてここまで……?)

胸が熱くなる。


---

◆◆手を取られた瞬間

護衛の処理が終わり、ふたりは安全な場所に移動した。

「歩けるか?」

「もちろんですわ。大したことではありませんから」

言いつつも、少し足が震える。

それを見たアイオンが、迷いのない動作で手を差し出した。

「……無理はするな。
ほら、つかまって」

「っ……!」

手を取られた瞬間、
エヴァントラの心臓が跳ねた。

(手……温かい……)

ただそれだけのはずなのに、
妙に意識してしまう。

アイオンの表情は真剣で、
どこにも“白い結婚の距離”がなかった。

(どうしよう……
離したくないと思ってしまった……)

そんな自分の心にも驚く。


---

◆◆ふたりきりの会話と、距離が縮む夜

視察を終え、夕暮れの道を馬車で戻る途中。

窓から見える橙色の光が、アイオンの横顔を静かに照らしていた。

「今日は……助けてくれて、ありがとうございますわ」

「当然だ。
君を守るのは……俺の役目だから」

エヴァントラは、胸がふわりと揺れた。

(“役目”のはずなのに……
どうしてこんなに優しい言い方をするのかしら)

アイオンは続けた。

「君が傷つくところなんて、絶対に見たくない」

「……アイオン?」

その言葉の熱に、エヴァントラは思わず彼を見つめ返す。

目が合う。

その瞬間、また胸が鳴った。

アイオンは慌てて目をそらした。

「す、すまない。変なことを言った」

「いえ……変ではありませんわ。
ただ……嬉しかっただけです」

自分でも驚くほど素直に言えてしまった。

アイオンは一瞬固まり、
次の瞬間、耳まで真っ赤になった。

「っ……それは……反則だ……」

エヴァントラは小さく笑った。

(この人のこと、やっぱり……)

揺れる気持ちは、もう隠しきれなかった。


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