『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』

鷹 綾

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第33話『白い結婚のはずなのに──胸がざわつく理由』

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第33話『白い結婚のはずなのに──胸がざわつく理由』

──エヴァントラ視点──

エヴァントラは、珍しく本に集中できなかった。

文字は読んでいるのに、内容が頭に入ってこない。

(……どうしてかしら)

昼間、アイオンと仕事をした時のことが何度も脳裏に浮かんでしまう。

近くに座った時の距離。
資料を渡す時に触れそうになった指。
夕陽を浴びた彼の横顔。

どれも、今まで気にも留めなかったものなのに──
今日はやけに鮮明だった。

(まるで……意識しているみたいじゃない)

エヴァントラは胸の奥が妙に落ち着かず、本をぱたんと閉じた。


---

◆◆メイドのひと言が胸を撃ち抜く

「奥様、そろそろ夕食の準備が……」

「ありがとう。あとで伺いますわ」

メイドは微笑みながら、ぽつりと言った。

「アイオン様、今日……ずっと楽しそうでしたね」

エヴァントラは固まった。

(楽……しそう? 私と一緒にいたから……?)

胸が、分かりやすいほど跳ねた。

「……どうかしら。いつもと変わらなかったように思いますけれど」

「いえいえ、すぐに分かりましたよ?
エヴァントラ様の前だと、アイオン様、口元が柔らかくなるんです」

(そんな……)

否定しようとしたが、声にならなかった。

メイドは続ける。

「お二人、白い結婚だなんて仰ってますけど……
周りからは、とてもお似合いで──」

「そ、その話は結構ですわ!」

思わず声が大きくなり、エヴァントラは咳払いした。

メイドはくすくす笑いながら部屋を出ていった。

取り残されたエヴァントラは、胸を押さえた。

(……どうしましょう。本当に、落ち着かない)


---

◆◆アイオンを見ると、心が揺れる

夕食の席。

アイオンはいつも通り穏やかだったが、
エヴァントラは自分がどこを見ればよいのか分からなかった。

彼がワイングラスに手を添えるだけで、
なぜか目がそちらに吸い寄せられる。

彼が微笑むと、なぜか胸が温かくなる。

そして彼が少し近寄るだけで、
意識がそちらへ勝手に向かってしまう。

(……どうして私、こんなに気になるの?)

白い結婚は恋愛不要。
恋愛をする必要も、する予定もなかった。

なのに──

(アイオンのことを、考えてしまうなんて)

夕食の間、まともに味が分からなかった。


---

◆◆散歩中の“魔術史バカ”復活……からの動揺

食後、気持ちを落ち着かせるため庭園を歩いていると、
後ろから声がした。

「エヴァントラ。散歩か?」

「ええ。仕事の疲れを少し」

アイオンが隣に並ぶ。
それだけで、また心が跳ねる。

(……おかしいわ。本当におかしい)

話題をそらすため、エヴァントラは魔術史の話を始めた。

「ところで、第三王朝期の魔術構造改革の記録が興味深くて──」

「ふふ、やっぱり君は魔術史になると饒舌だな」

「言われなくても分かっていますわ!」

魔術史になると急に早口になる自覚はある。
その様子を見て、アイオンはどこか優しく微笑む。

(その微笑みが……ずるいのよ)

エヴァントラは顔をそむけた。


---

◆◆胸のざわめきの正体を考える

部屋に戻ると、ベッドに腰を下ろした。

(……胸がざわつくのは、なぜ?
アイオンが近いと落ち着かないのは、なぜ?
彼が誰かと話していると気になるのは……なぜ?)

思考を巡らせて、彼女はふと気づく。

(まさか……私、アイオンのことを……)

胸がどくんと鳴る。

(ば、馬鹿馬鹿しい!
私は自由を得るために白い結婚を選んだのに!
恋愛なんて、必要ありませんわ!)

枕に顔を埋めた。

だが、どれだけ否定しても──
心は妙な熱を放ち続けていた。

(……でも。
もし、このざわめきが“恋”だとしたら……?)

その可能性を想像した瞬間、
胸の奥がそっと甘く震えた。


---
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