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第十一話 新たな席
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第十一話 新たな席
クロイツ公爵家の応接室に、柔らかな陽光が差し込んでいた。
重厚な調度はあるが、過剰な装飾はない。実務の場として整えられた空間だ。
「失礼いたします」
執事の声とともに扉が開き、数名の来客が案内されてきた。
その先頭に立つ男を見て、エヴァリーナは自然と背筋を伸ばす。
――隣国の代表団。
だが、昨日までとは違う。
「初めまして。マティアス・フォン・アイゼンリッターと申します」
低く落ち着いた声。
年齢はエヴァリーナより少し上だろうか。派手さはないが、視線に無駄がなく、立ち姿にも揺らぎがない。
「エヴァリーナ・フォン・クロイツです。
本日はお越しいただき、ありがとうございます」
短い挨拶のあと、すぐに着席する。
互いに余計な言葉は交わさない。
「本題から入りましょう」
マティアスは、資料を机に置いた。
「先日の合意について、正式な追認を。
それから――今後の協力体制についても、お話ししたい」
エヴァリーナは、眉一つ動かさずに頷く。
「承りますわ」
追認は、滞りなく終わった。
条件の再確認、期日の確認、責任の所在。
どれも簡潔で、無駄がない。
「……仕事が早い」
マティアスは、署名を終えながら率直に言った。
「王城での協議よりも、はるかに」
それは皮肉でも挑発でもなかった。
事実を述べただけの声音だ。
「王城は、形式を重んじますから」
エヴァリーナは淡々と答える。
「形式が機能している間は、それでよろしいのですが」
「機能しなくなった時に、止まる」
「ええ」
二人の視線が、短く交差した。
「……本題は、ここからです」
マティアスは、資料の一枚を差し出す。
「我が国では、現在、財政と通商を横断して調整できる人材が不足しています。
あなたの仕事ぶりを見て、確信しました」
エヴァリーナは、黙って続きを待った。
「正式な地位を、用意したい」
室内が、静まり返る。
「肩書きだけではありません。
裁量権と、責任も含めてです」
エヴァリーナは、ゆっくりと息を吐いた。
「……それは、王城との関係を、完全に断つことになりますわね」
「はい」
マティアスは、即答した。
「ですが、あなたはすでに“王城の外”で動いている。
ならば、曖昧な立場より、はっきりとした席を用意すべきだと判断しました」
席。
その言葉に、エヴァリーナの胸の奥がわずかに動いた。
王城では、常に“誰かの席”だった。
王太子妃候補という名の、補助席。
「……考える時間を」
「もちろん」
マティアスは頷いた。
「急かすつもりはありません。
ただ――この席は、あなたのために空けてあります」
その言葉に、条件は一切なかった。
感情も、期待も、押し付けも。
ただの提示だ。
その夜、エヴァリーナは書斎で一人、灯りの下に座っていた。
机の上には、隣国から提示された条件書。
王城に戻らない。
それは、すでに決めている。
だが――
「……新しい席、ですか」
それは、逃げではない。
置き換えでもない。
自分の名前で、自分の判断で座る席。
一方、王城では、ヴァルターが報告を受けていた。
「……隣国が、正式な地位を?」
「はい。クロイツ公爵令嬢に対し、です」
ヴァルターは、しばらく何も言えなかった。
「……そうか」
否定も、怒りもない。
ただ、静かな理解があった。
彼女は、選ばれている。
今度は、“補助”ではなく。
夜更け、ヴァルターは机に向かい、引き出しからあの便箋を取り出した。
だが、書き足すことはしなかった。
「……もう、必要ないな」
便箋は、静かに引き出しに戻される。
エヴァリーナの席は、王城にはない。
そして、それは――
彼女自身が、選び取ったものだ。
翌朝、エヴァリーナは決意を固めていた。
まだ答えは出さない。
だが、はっきりと分かっている。
自分には、
座るに値する席が、用意されているということを。
それは、誰かの隣ではなく、
自分自身のための席だった。
クロイツ公爵家の応接室に、柔らかな陽光が差し込んでいた。
重厚な調度はあるが、過剰な装飾はない。実務の場として整えられた空間だ。
「失礼いたします」
執事の声とともに扉が開き、数名の来客が案内されてきた。
その先頭に立つ男を見て、エヴァリーナは自然と背筋を伸ばす。
――隣国の代表団。
だが、昨日までとは違う。
「初めまして。マティアス・フォン・アイゼンリッターと申します」
低く落ち着いた声。
年齢はエヴァリーナより少し上だろうか。派手さはないが、視線に無駄がなく、立ち姿にも揺らぎがない。
「エヴァリーナ・フォン・クロイツです。
本日はお越しいただき、ありがとうございます」
短い挨拶のあと、すぐに着席する。
互いに余計な言葉は交わさない。
「本題から入りましょう」
マティアスは、資料を机に置いた。
「先日の合意について、正式な追認を。
それから――今後の協力体制についても、お話ししたい」
エヴァリーナは、眉一つ動かさずに頷く。
「承りますわ」
追認は、滞りなく終わった。
条件の再確認、期日の確認、責任の所在。
どれも簡潔で、無駄がない。
「……仕事が早い」
マティアスは、署名を終えながら率直に言った。
「王城での協議よりも、はるかに」
それは皮肉でも挑発でもなかった。
事実を述べただけの声音だ。
「王城は、形式を重んじますから」
エヴァリーナは淡々と答える。
「形式が機能している間は、それでよろしいのですが」
「機能しなくなった時に、止まる」
「ええ」
二人の視線が、短く交差した。
「……本題は、ここからです」
マティアスは、資料の一枚を差し出す。
「我が国では、現在、財政と通商を横断して調整できる人材が不足しています。
あなたの仕事ぶりを見て、確信しました」
エヴァリーナは、黙って続きを待った。
「正式な地位を、用意したい」
室内が、静まり返る。
「肩書きだけではありません。
裁量権と、責任も含めてです」
エヴァリーナは、ゆっくりと息を吐いた。
「……それは、王城との関係を、完全に断つことになりますわね」
「はい」
マティアスは、即答した。
「ですが、あなたはすでに“王城の外”で動いている。
ならば、曖昧な立場より、はっきりとした席を用意すべきだと判断しました」
席。
その言葉に、エヴァリーナの胸の奥がわずかに動いた。
王城では、常に“誰かの席”だった。
王太子妃候補という名の、補助席。
「……考える時間を」
「もちろん」
マティアスは頷いた。
「急かすつもりはありません。
ただ――この席は、あなたのために空けてあります」
その言葉に、条件は一切なかった。
感情も、期待も、押し付けも。
ただの提示だ。
その夜、エヴァリーナは書斎で一人、灯りの下に座っていた。
机の上には、隣国から提示された条件書。
王城に戻らない。
それは、すでに決めている。
だが――
「……新しい席、ですか」
それは、逃げではない。
置き換えでもない。
自分の名前で、自分の判断で座る席。
一方、王城では、ヴァルターが報告を受けていた。
「……隣国が、正式な地位を?」
「はい。クロイツ公爵令嬢に対し、です」
ヴァルターは、しばらく何も言えなかった。
「……そうか」
否定も、怒りもない。
ただ、静かな理解があった。
彼女は、選ばれている。
今度は、“補助”ではなく。
夜更け、ヴァルターは机に向かい、引き出しからあの便箋を取り出した。
だが、書き足すことはしなかった。
「……もう、必要ないな」
便箋は、静かに引き出しに戻される。
エヴァリーナの席は、王城にはない。
そして、それは――
彼女自身が、選び取ったものだ。
翌朝、エヴァリーナは決意を固めていた。
まだ答えは出さない。
だが、はっきりと分かっている。
自分には、
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それは、誰かの隣ではなく、
自分自身のための席だった。
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