『婚約破棄された公爵令嬢は、線を引く』――戻れない場所で、判断する席に座りました

鷹 綾

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第二十二話 嫌われる勇気

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第二十二話 嫌われる勇気

 王城の会議室に集まった視線は、鋭かった。
 期待と不満が、同時に向けられている。

「……三案件まで、という制限についてだ」

 貴族院の代表が、前置きなく切り出す。

「成果が出ている以上、拡大すべきではないのか」

 その問いは、もっともに聞こえる。
 だからこそ、危険だった。

「拡大は、失敗の始まりですわ」

 エヴァリーナは、席に座ったまま、淡々と答えた。

「成功例を根拠に、制御不能な規模へ進む。
 それは、責任を分散させる行為です」

「だが、民は求めている」

「民は、結果を求めています」

 即答だった。

「約束を増やすことではありません」

 ざわめきが広がる。

「人気を恐れているのでは?」

「逆です」

 エヴァリーナは、視線を逸らさない。

「人気に寄りかかることを、恐れています」

 一瞬、空気が張り詰めた。

 王城側の官吏が、恐る恐る口を挟む。

「……では、要請を断られた領地は、どうなるのですか」

「王城が判断してください」

 それだけだった。

 逃げではない。
 役割分担だ。

「わたくしは、判断を代行するために座っているのではありません。
 判断を“引き受ける範囲”を、明確にするために座っています」

 会議室に、沈黙が落ちる。

 ヴァルターは、そのやり取りを黙って見ていた。
 そして、ゆっくりと口を開く。

「……彼女の制限は、正しい」

 視線が集まる。

「拡大は、判断を薄める。
 薄めた責任は、誰も引き受けない」

 その言葉に、反論は出なかった。

 午後、王都では噂が走った。

「クロイツ公爵令嬢、要請を切ったらしい」
「冷たい女だ」
「だが、数字は落ちていない」

 評価は、割れる。
 それでいい。

 一方、クロイツ公爵家の書斎で、エヴァリーナは報告書に目を通していた。

「……嫌われましたわね」

 独り言のように呟く。

「覚悟はしていたはずですが」

 マティアスが、静かに言う。

「嫌われると、疲れますか」

「いいえ」

 彼女は、ペンを走らせながら答えた。

「好かれるために決めるより、ずっと楽です」

 その言葉には、虚勢がなかった。

 夜、エヴァリーナは王都の灯りを見下ろしていた。
 光は増えている。
 それだけで、十分だった。

「……嫌われる勇気、ですか」

 自分に問いかける。

 それは、他人を切り捨てる勇気ではない。
 期待に甘えない勇気だ。

 もし、すべてを引き受けていたら。
 喝采は、もっと大きかっただろう。

 だが、その分、失敗した時の崩壊も大きい。

「……名を出すというのは」

 静かに、続ける。

「喝采を集めることではありませんわね」

 責任を、引き受け続けること。
 静かに、数字で答え続けること。

 王城では、同じ夜、ヴァルターが書類に目を通していた。

「……彼女は、嫌われ役を引き受けた」

 それは、誰にでもできることではない。

 人気を集めるより、
 信頼を失わないことを選ぶ。

 その選択が、どれほど孤独か――
 今の彼には、よく分かる。

 翌朝。
 エヴァリーナのもとに、要請が一通届いた。

 文面は短い。

『三案件のうち、一件を交代してほしい』

 彼女は、即座に返事を書いた。

『現行案件の期限終了後に、検証結果をもって判断します』

 感情は、挟まない。
 期待にも、圧にも、屈しない。

 ――それが、席に座る者の流儀だ。

 嫌われる勇気は、
 称賛よりも静かで、
 だが、はるかに重い。

 エヴァリーナ・フォン・クロイツは、
 その重さを引き受けることを、もう恐れていなかった。
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