『婚約破棄された公爵令嬢は、線を引く』――戻れない場所で、判断する席に座りました

鷹 綾

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第二十四話 切り替える力

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第二十四話 切り替える力

 水路整備案件の一部停止は、王都に確かな衝撃を残した。
 それは混乱ではない。期待が裏切られた時に生じる、あの独特のざわめきだ。

「止まったらしいぞ」
「不正があったとか」
「だが、工事は進んでいたはずだ」

 人々は結果だけを見て語る。
 途中で止める決断の重さまでは、なかなか届かない。

 クロイツ公爵家の書斎で、エヴァリーナは次の資料を広げていた。
 止めたままにしない。
 それが、彼女の流儀だった。

「……代替案を、今日中に」

 淡々と指示を出す。

「はい。
 既存の請負先を二分割し、検証通過済みの業者のみを再選定する形で」

 マティアスが、素早く応じる。

「期間は?」

「十五日」

「短いですね」

「空白は、最も疑念を生みます」

 止めた理由を、
 次の動きで示す。

 それが、切り替える力だ。

 午後、王城では再び会合が開かれていた。
 議題は、水路整備の“今後”。

「停止したままでは、民心が――」

「代替案が出ています」

 官吏が、報告書を配る。

「検証条項を満たした業者のみで再構成。
 期限は十五日。第三者検証を常設」

 一瞬の沈黙。

「……早すぎないか?」

「止めた以上、遅らせる理由はありません」

 その一文に、反論は出なかった。

 ヴァルターは、資料に目を通し、静かに言った。

「……彼女は、止めるだけで終わらせない」

 それは、称賛ではない。
 事実の確認だ。

 翌日、代替案は公表された。
 文面は簡潔で、感情的な言い訳はない。

『不正の疑いが確認されたため、契約の一部を停止。
 検証を通過した業者による再構成を行う。
 期限は十五日。結果は公開する』

 王都の反応は、割れた。

「厳しすぎる」
「だが、早い」
「隠さないのは、評価できる」

 評価が割れるのは、健全だ。
 エヴァリーナは、そう理解している。

 その夜、書斎でマティアスが言った。

「切り替えが、早すぎると思われる危険はあります」

「承知しております」

 エヴァリーナは、ペンを置かずに答えた。

「ですが、止めた決断を正当化するのは、言葉ではありません」

「行動、ですね」

「ええ」

 彼女は、次の表を指し示す。

「数字で、示します」

 数日後。
 再構成された水路整備は、以前よりも早い進捗を見せ始めた。
 無駄な工程が削られ、確認が増え、だが停滞はない。

「……前より、整っている」

 現場監督が、ぽつりと漏らす。

「検証があると、動きやすい」

 数字が、応え始める。

 王城では、その報告が共有された。

「停止による遅延は、想定より小さい」

「むしろ、効率が上がっている」

 貴族院の中にも、声色が変わる者が出てきた。

「……止める判断が、正しかったのか」

 その問いに、ヴァルターは短く答えた。

「正しいかどうかは、結果が決める」

 一方、エヴァリーナは、机に向かい続けていた。
 代替案の検証表、進捗管理、次の見直し条件。

「……切り替える力、ですか」

 独り言のように呟く。

 それは、柔軟さではない。
 責任を切らさない力だ。

 止める。
 切り替える。
 そして、続ける。

 どれか一つ欠ければ、信頼は崩れる。

 夜、王都の灯りがまた増えた。
 工事現場の明かりが、途切れず続いている。

「……よろしい」

 エヴァリーナは、資料を閉じた。

 嫌われる決断の後に、
 切り替えを示せるかどうか。

 それが、席に座る者の力量だ。

 彼女は、今日もそれを示した。
 言葉ではなく、数字と動きで。

 ――止めた責任を、
 前に進む力へ変えるために。
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