『婚約破棄された公爵令嬢は、線を引く』――戻れない場所で、判断する席に座りました

鷹 綾

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第三十一話 揺らぎを測る

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第三十一話 揺らぎを測る

 評議会の翌日、王都は何事もなかったかのように動いていた。
 市場は開き、工事は進み、報告書は積み上がる。

 だが、エヴァリーナは知っている。
 本当の試験は、静かな日常に混ざって現れる。

「……小さな揺らぎが、出ています」

 マティアスが示したのは、目立たない数字だった。
 進捗率でも、税収でもない。

「報告の“遅れ”です」

「どの程度?」

「平均で、半日」

 半日。
 問題にする者は少ない。
 だからこそ、放置されやすい。

「理由は?」

「“判断を仰いでいた”
 “様子を見ていた”
 という表現が増えています」

 エヴァリーナは、頷いた。

「……席を、見に来ていますわね」

 評議会で否定されなかった。
 それは、“様子見”を生む。

 人は、確信が持てない時、
 判断を遅らせる。

「秩序が揺らぐのは、
 大きな反発がある時ではありません」

 彼女は、ペンを回しながら続ける。

「小さなためらいが、
 積み重なった時です」

 対処は、慎重でなければならない。
 締め付ければ、反発を生む。
 放置すれば、腐る。

「……測ります」

 エヴァリーナは、静かに決めた。

「何を?」

「揺らぎの限界を」

 数日後、新しい通達が出された。

『報告遅延が発生した場合、
 理由の提出を求める。
 提出は義務ではないが、
 集計結果は公開する』

 見えない圧力を、
 再び数字にする。

 現場は、静かに反応した。

「……理由、書くか」

「書かないと、
 “書かなかった側”になるな」

 選択は自由だ。
 だが、選択の結果は残る。

 集計は、すぐに揃った。

『判断待ち:五割』
『様子見:三割』
『不可抗力:一割』
『その他:一割』

 エヴァリーナは、その数字を見て、息を吐いた。

「……想定内です」

「多いですね」

「だから、今でよかった」

 彼女は、次の一手を記した。

『判断待ち・様子見による遅延は、
 次回案件選定において、
 優先度を下げる』

 罰ではない。
 評価だ。

 王城でも、その方針が共有された。

「……締め付けないな」

「だが、効く」

 ヴァルターは、静かに言う。

「迷う者が、
 自分で選ばなくなる」

 夜、エヴァリーナは記録を閉じた。

――揺らぎは、
――消すものではない。
――測り、限界を知るものだ。

 秩序は、硬すぎても折れる。
 柔らかすぎても、形を失う。

 必要なのは、
 どこまで揺れても戻るか――
 その範囲を知ること。

 窓の外、王都の灯りは揺れていた。
 だが、元の位置に戻っている。

 エヴァリーナ・フォン・クロイツは、
 その揺れ幅を、静かに測り終えていた。

 ――次に来るのは、
 揺らぎではない。

 選択の瞬間だ。
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