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第2話 十七歳の令嬢に、婚約話が降ってくる
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第2話 十七歳の令嬢に、婚約話が降ってくる
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皇帝主催の舞踏会――その言葉を聞いた瞬間から、キクコ・イソファガスの平穏な日常は、音を立てて崩れ始めていた。
「つまり、行かなければ失礼。行けば厄介。いつもの二択ね」
イソファガス邸の私室。
キクコはドレスを前に腕を組み、深々とため息をついた。
鏡に映る姿は、どう見ても年若い令嬢だ。
淡い色合いのドレスに身を包めば、社交界に出たての少女そのもの。
「……三百年も生きて、なんで今さら“初々しい令嬢枠”なのよ」
独り言に返事をする者はいない。
だが、ほどなく控えめなノック音が響いた。
「キクコ様、少々よろしいでしょうか」
「ええ、入って」
入ってきたのは老執事ガイウスだった。
手には、見覚えのある王家の紋章入り封筒。
嫌な予感しかしない。
「まさか……追加?」
「はい。王城より、正式な書簡でございます」
「……読む前から頭が痛いわ」
キクコは封を切り、流れるような筆跡に目を通した。
そして、ぴたりと動きを止める。
「……は?」
ガイウスが静かに問いかける。
「いかがなさいましたか」
「ええと……読み間違いじゃなければ」
キクコは書簡をひらひらと振った。
「“王太子殿下より、舞踏会にて正式にご挨拶を。将来的な縁談も視野に入れたい”……って書いてあるんだけど」
「左様でございます」
「何それ。誰が誰に?」
「キクコ様が、でございます」
「……」
一瞬、部屋の空気が凍りついた。
「……私、何かやらかした?」
「特に心当たりはございませんが」
「じゃあ何で?」
三百年生きてきて、縁談話など腐るほどあった。
だが、そのほとんどは“裏で潰す”か、“相手が勝手に諦める”かのどちらかだった。
今回は、王太子直々。
「……あの坊や、私のこと何歳だと思ってるのかしら」
「公的には、十七歳でございます」
「でしょうね……」
キクコは額に手を当てた。
「完全に、年下の令嬢に粉かけるやつじゃない」
「失礼ながら、社交界では“美貌と知性を兼ね備えた理想の花嫁候補”と評されております」
「誰が言ったの、それ」
「主に、殿下の側近筋かと」
「……ああ、もう」
キクコは椅子にどさりと腰を下ろした。
三百年前なら、こういう状況は珍しくなかった。
だが今は違う。
「ねえガイウス。王太子って、確か……」
「十九歳でございます」
「……」
キクコは遠い目をした。
「年下じゃないの」
「二歳差でございます」
「私の中では、二百八十三歳差なんだけど」
当然、そんなことは言えない。
永遠の十七歳であることは、公表されていない。
知っているのは、ごく一部の人間だけだ。
王太子は、その中に含まれていない。
「舞踏会で会えば、向こうは普通に“同年代の令嬢”として接してくるわよね」
「恐らく」
「……想像しただけで疲れる」
キクコは扇子を開き、顔を仰いだ。
「どうせ、最初の一言はこうよ。“子供みたいな顔だな”とか」
「それは……」
「言うわよ。三百年の勘がそう言ってる」
ガイウスは、わずかに口元を緩めた。
「それでも、出席なさいますか」
「行くしかないでしょう。逃げれば、余計に注目される」
そして、注目されるほど面倒が増える。
「舞踏会で軽くあしらって、自然消滅を狙うわ」
「殿下は、そう簡単に諦めるお方ではないと聞いておりますが」
「……最悪」
キクコは天井を見上げた。
「なんでこう、私の平穏を放っておいてくれないのかしら」
三百年前、世界を救った代償。
それは、永遠に続く“人の縁”だったのかもしれない。
「ま、いいわ」
キクコは立ち上がり、決意を込めて言った。
「十七歳の令嬢らしく、きっちり振る舞ってあげる」
「“令嬢らしく”、でございますか」
「そうよ。礼儀正しく、にこやかに、距離を保って」
――そして、必要なら。
「完膚なきまでに現実を突きつける」
ガイウスは深く一礼した。
「お供いたします、キクコ様」
こうして、舞踏会への参加は決定した。
キクコ・イソファガス。
永遠の十七歳の元聖女は、再び王城という厄介の巣へと足を踏み入れることになる。
それが、
“婚約破棄騒動”という名の茶番の始まりだとも知らずに。
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皇帝主催の舞踏会――その言葉を聞いた瞬間から、キクコ・イソファガスの平穏な日常は、音を立てて崩れ始めていた。
「つまり、行かなければ失礼。行けば厄介。いつもの二択ね」
イソファガス邸の私室。
キクコはドレスを前に腕を組み、深々とため息をついた。
鏡に映る姿は、どう見ても年若い令嬢だ。
淡い色合いのドレスに身を包めば、社交界に出たての少女そのもの。
「……三百年も生きて、なんで今さら“初々しい令嬢枠”なのよ」
独り言に返事をする者はいない。
だが、ほどなく控えめなノック音が響いた。
「キクコ様、少々よろしいでしょうか」
「ええ、入って」
入ってきたのは老執事ガイウスだった。
手には、見覚えのある王家の紋章入り封筒。
嫌な予感しかしない。
「まさか……追加?」
「はい。王城より、正式な書簡でございます」
「……読む前から頭が痛いわ」
キクコは封を切り、流れるような筆跡に目を通した。
そして、ぴたりと動きを止める。
「……は?」
ガイウスが静かに問いかける。
「いかがなさいましたか」
「ええと……読み間違いじゃなければ」
キクコは書簡をひらひらと振った。
「“王太子殿下より、舞踏会にて正式にご挨拶を。将来的な縁談も視野に入れたい”……って書いてあるんだけど」
「左様でございます」
「何それ。誰が誰に?」
「キクコ様が、でございます」
「……」
一瞬、部屋の空気が凍りついた。
「……私、何かやらかした?」
「特に心当たりはございませんが」
「じゃあ何で?」
三百年生きてきて、縁談話など腐るほどあった。
だが、そのほとんどは“裏で潰す”か、“相手が勝手に諦める”かのどちらかだった。
今回は、王太子直々。
「……あの坊や、私のこと何歳だと思ってるのかしら」
「公的には、十七歳でございます」
「でしょうね……」
キクコは額に手を当てた。
「完全に、年下の令嬢に粉かけるやつじゃない」
「失礼ながら、社交界では“美貌と知性を兼ね備えた理想の花嫁候補”と評されております」
「誰が言ったの、それ」
「主に、殿下の側近筋かと」
「……ああ、もう」
キクコは椅子にどさりと腰を下ろした。
三百年前なら、こういう状況は珍しくなかった。
だが今は違う。
「ねえガイウス。王太子って、確か……」
「十九歳でございます」
「……」
キクコは遠い目をした。
「年下じゃないの」
「二歳差でございます」
「私の中では、二百八十三歳差なんだけど」
当然、そんなことは言えない。
永遠の十七歳であることは、公表されていない。
知っているのは、ごく一部の人間だけだ。
王太子は、その中に含まれていない。
「舞踏会で会えば、向こうは普通に“同年代の令嬢”として接してくるわよね」
「恐らく」
「……想像しただけで疲れる」
キクコは扇子を開き、顔を仰いだ。
「どうせ、最初の一言はこうよ。“子供みたいな顔だな”とか」
「それは……」
「言うわよ。三百年の勘がそう言ってる」
ガイウスは、わずかに口元を緩めた。
「それでも、出席なさいますか」
「行くしかないでしょう。逃げれば、余計に注目される」
そして、注目されるほど面倒が増える。
「舞踏会で軽くあしらって、自然消滅を狙うわ」
「殿下は、そう簡単に諦めるお方ではないと聞いておりますが」
「……最悪」
キクコは天井を見上げた。
「なんでこう、私の平穏を放っておいてくれないのかしら」
三百年前、世界を救った代償。
それは、永遠に続く“人の縁”だったのかもしれない。
「ま、いいわ」
キクコは立ち上がり、決意を込めて言った。
「十七歳の令嬢らしく、きっちり振る舞ってあげる」
「“令嬢らしく”、でございますか」
「そうよ。礼儀正しく、にこやかに、距離を保って」
――そして、必要なら。
「完膚なきまでに現実を突きつける」
ガイウスは深く一礼した。
「お供いたします、キクコ様」
こうして、舞踏会への参加は決定した。
キクコ・イソファガス。
永遠の十七歳の元聖女は、再び王城という厄介の巣へと足を踏み入れることになる。
それが、
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