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第8話 聖女という名の盾
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第8話 聖女という名の盾
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王都の朝は、いつもより騒がしかった。
大通りの掲示板には、新たな布告が張り出され、人々が足を止めてざわめいている。
「聖女アルシア様、王城にて公開祈祷――?」 「王太子殿下も立ち会われるらしいぞ」 「最近の不穏な噂を鎮めるため、だとか……」
噂はすぐに一つの形へと収束していった。
――“正しき聖女”と“得体の知れぬ令嬢”。
あまりにも分かりやすい構図だった。
◆ ◆ ◆
イソファガス邸では、ガイウスが苦い顔で報告していた。
「王太子殿下が、聖女様を前面に押し出してきましたな」
「でしょうね」
キクコは、紅茶にミルクを落としながら、まったく動じない。
「貴族院で論破され、民意でも逆風。
残る手段は、“信仰”よ」
「聖女様ご本人は、事態をご存じなのでしょうか」
「……半分は、ね」
キクコはカップを置き、扇子を閉じた。
「アルシアは、悪い子じゃない。
ただ――“利用されること”に慣れてしまっただけ」
聖女という立場は、常に誰かの期待を背負わされる。
清く、正しく、都合よく。
「放っておくと、彼女が一番傷つくわ」
◆ ◆ ◆
その日の昼下がり。
王城の祈祷堂には、すでに多くの人が集まっていた。
白を基調とした装飾。
祭壇の中央には、聖女アルシアが静かに立っている。
「……聖女様、本当に美しい」 「やはり、この国には聖女様が必要だ」
囁きが広がる中、王太子が一歩前に出た。
「近頃、王都では不穏な噂が流れている。
その不安を払拭するため、本日、聖女アルシアによる祈祷を執り行う!」
歓声が上がる。
その瞬間――。
「……ずいぶん、派手なことをするのね」
入口付近から、静かな声が響いた。
人々が振り返る。
そこに立っていたのは、淡い色のドレスに身を包んだ少女。
イソファガス家の令嬢、キクコ・イソファガス。
「な……!」
王太子の顔が強張る。
「無断での立ち入りは――」
「祈祷堂は、誰でも祈りを捧げられる場所でしょう?」
穏やかな口調。
だが、一歩も引かない。
◆ ◆ ◆
キクコは、まっすぐ祭壇を見つめた。
「アルシア」
名を呼ばれ、聖女がわずかに肩を震わせる。
「……キクコ様」
二人の視線が交わる。
「今日は、あなたの意思で立っているの?」
一瞬の沈黙。
アルシアは、ぎゅっと手を握りしめた。
「……はい。民のために、祈ることが、私の務めですから」
「そう」
キクコは、ゆっくりと頷いた。
「なら、止めないわ」
その言葉に、周囲がざわつく。
「ただし」
キクコは、扇子を閉じた。
「“誰かを貶めるための祈り”なら、私は許さない」
空気が、張り詰める。
王太子が、苛立ちを隠さず言い放った。
「何を言う!
貴様が不安の元凶だと、民が――」
「それは、あなたが作った“不安”よ」
静かな一言。
「聖女を盾にして、誰かを排除しようとする。
それは信仰じゃない。ただの政治」
王太子は、言葉を失った。
◆ ◆ ◆
アルシアは、震える声で口を開いた。
「……殿下。
私、誰かを否定するために祈りたくありません」
その一言が、決定打だった。
祈祷堂が、しんと静まる。
「私は……人を救うために、聖女になったんです」
王太子の顔色が、目に見えて変わった。
◆ ◆ ◆
その日の祈祷は、予定より早く終わった。
王太子の思惑とは裏腹に、“対立構図”は完成しなかった。
イソファガス邸へ戻る馬車の中。
「……疲れたわ」
キクコは、背もたれに身を預けた。
「でも、放っておくよりマシね」
ガイウスが、静かに言う。
「聖女様は、救われましたな」
「ええ」
キクコは、窓の外を見つめる。
「次に動くのは……王太子自身」
信仰という盾が砕けた今、
彼に残された道は、さらに危ういものになる。
――嵐は、まだ終わらない。
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王都の朝は、いつもより騒がしかった。
大通りの掲示板には、新たな布告が張り出され、人々が足を止めてざわめいている。
「聖女アルシア様、王城にて公開祈祷――?」 「王太子殿下も立ち会われるらしいぞ」 「最近の不穏な噂を鎮めるため、だとか……」
噂はすぐに一つの形へと収束していった。
――“正しき聖女”と“得体の知れぬ令嬢”。
あまりにも分かりやすい構図だった。
◆ ◆ ◆
イソファガス邸では、ガイウスが苦い顔で報告していた。
「王太子殿下が、聖女様を前面に押し出してきましたな」
「でしょうね」
キクコは、紅茶にミルクを落としながら、まったく動じない。
「貴族院で論破され、民意でも逆風。
残る手段は、“信仰”よ」
「聖女様ご本人は、事態をご存じなのでしょうか」
「……半分は、ね」
キクコはカップを置き、扇子を閉じた。
「アルシアは、悪い子じゃない。
ただ――“利用されること”に慣れてしまっただけ」
聖女という立場は、常に誰かの期待を背負わされる。
清く、正しく、都合よく。
「放っておくと、彼女が一番傷つくわ」
◆ ◆ ◆
その日の昼下がり。
王城の祈祷堂には、すでに多くの人が集まっていた。
白を基調とした装飾。
祭壇の中央には、聖女アルシアが静かに立っている。
「……聖女様、本当に美しい」 「やはり、この国には聖女様が必要だ」
囁きが広がる中、王太子が一歩前に出た。
「近頃、王都では不穏な噂が流れている。
その不安を払拭するため、本日、聖女アルシアによる祈祷を執り行う!」
歓声が上がる。
その瞬間――。
「……ずいぶん、派手なことをするのね」
入口付近から、静かな声が響いた。
人々が振り返る。
そこに立っていたのは、淡い色のドレスに身を包んだ少女。
イソファガス家の令嬢、キクコ・イソファガス。
「な……!」
王太子の顔が強張る。
「無断での立ち入りは――」
「祈祷堂は、誰でも祈りを捧げられる場所でしょう?」
穏やかな口調。
だが、一歩も引かない。
◆ ◆ ◆
キクコは、まっすぐ祭壇を見つめた。
「アルシア」
名を呼ばれ、聖女がわずかに肩を震わせる。
「……キクコ様」
二人の視線が交わる。
「今日は、あなたの意思で立っているの?」
一瞬の沈黙。
アルシアは、ぎゅっと手を握りしめた。
「……はい。民のために、祈ることが、私の務めですから」
「そう」
キクコは、ゆっくりと頷いた。
「なら、止めないわ」
その言葉に、周囲がざわつく。
「ただし」
キクコは、扇子を閉じた。
「“誰かを貶めるための祈り”なら、私は許さない」
空気が、張り詰める。
王太子が、苛立ちを隠さず言い放った。
「何を言う!
貴様が不安の元凶だと、民が――」
「それは、あなたが作った“不安”よ」
静かな一言。
「聖女を盾にして、誰かを排除しようとする。
それは信仰じゃない。ただの政治」
王太子は、言葉を失った。
◆ ◆ ◆
アルシアは、震える声で口を開いた。
「……殿下。
私、誰かを否定するために祈りたくありません」
その一言が、決定打だった。
祈祷堂が、しんと静まる。
「私は……人を救うために、聖女になったんです」
王太子の顔色が、目に見えて変わった。
◆ ◆ ◆
その日の祈祷は、予定より早く終わった。
王太子の思惑とは裏腹に、“対立構図”は完成しなかった。
イソファガス邸へ戻る馬車の中。
「……疲れたわ」
キクコは、背もたれに身を預けた。
「でも、放っておくよりマシね」
ガイウスが、静かに言う。
「聖女様は、救われましたな」
「ええ」
キクコは、窓の外を見つめる。
「次に動くのは……王太子自身」
信仰という盾が砕けた今、
彼に残された道は、さらに危ういものになる。
――嵐は、まだ終わらない。
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