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第9話 幼い日の約束
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第9話 幼い日の約束
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王城の祈祷堂での一件は、王都に静かな衝撃を与えていた。
「聖女様が、あの場で王太子に異を唱えたらしい」 「イソファガスの令嬢が、諭したとか……」 「ただの貴族令嬢じゃない、って噂だぞ」
噂は、もはや“疑念”ではなく、“確信”へと変わりつつあった。
――キクコ・イソファガスには、何かある。
だが、その核心に辿り着ける者は、まだ誰もいない。
◆ ◆ ◆
その頃、王都郊外の訓練場。
若い騎士たちの掛け声が響く中、一人の青年が剣を振るっていた。
無駄のない動き。
実戦を知る者特有の、研ぎ澄まされた間合い。
「……そこだ!」
鋭い踏み込み。
模擬剣が相手の喉元でぴたりと止まる。
「ま、参りました……!」
周囲がどよめいた。
「やっぱり別格だな、ファイエル」 「勇者ってのは伊達じゃない……」
青年――ファイエルは、静かに剣を下ろした。
「……まだ甘い」
呟きは、自分自身に向けたものだった。
◆ ◆ ◆
その日の夕方。
ファイエルは、王城の奥にある小さな庭園を訪れていた。
かつて王太子が幼少期に使っていた、今はほとんど使われない場所。
「……ここも、変わってないな」
その声に。
「あなたが変わったのよ」
背後から、懐かしい声がした。
「……キクコ」
振り返ると、そこには彼女がいた。
銀の髪。
穏やかな微笑。
記憶の中と、寸分違わぬ姿。
「お久しぶり。ずいぶん立派になったじゃない」
「……それ、褒め言葉ですか?」
「もちろん。昔は泣き虫だったもの」
ファイエルは苦笑した。
「……あの頃のこと、覚えていますか」
「全部」
即答だった。
◆ ◆ ◆
二人は、庭園のベンチに並んで腰かけた。
沈黙が、どこか心地いい。
「俺が初めて剣を持った日」
ファイエルが、ぽつりと語り出す。
「重すぎて、落として……あなたに怒られましたね」
「怒ってないわ」
「怒ってました」
くすり、とキクコが笑う。
「だって、命を預ける道具を、適当に扱うんだもの」
視線を遠くに向ける。
「あの時、あなたに言ったわね」
――剣は、人を守るために振るいなさい。
――憎しみで握った瞬間、それはあなたを裏切る。
「……今も、守れていますか?」
キクコの問いに、ファイエルは一瞬黙った。
「……魔王と戦ったとき、正直に言えば……」
拳を握る。
「守るため、だけじゃなかった。
終わらせたい、という気持ちもあった」
キクコは、責めることなく頷いた。
「それでも、戻ってきた」
「はい」
「それで、十分よ」
その言葉に、ファイエルの肩から力が抜けた。
◆ ◆ ◆
しばらくして、ファイエルが意を決したように口を開く。
「……あなたの噂、王都で広がっています」
「でしょうね」
「年を取らない、とか……魔女だとか」
「懐かしい言われ方だわ」
自嘲気味に笑う。
「……怖くないんですか」
ファイエルは、真剣な目で見つめた。
「また、全部失うかもしれないのに」
キクコは、空を見上げた。
「怖くないわけないでしょう」
静かな声。
「でもね、逃げ続けても、時間は止まらない」
視線を彼に戻す。
「あなたが戻ってきたってことは……
世界が、また動き出したってこと」
ファイエルは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……一つ、約束してください」
「なに?」
「今度は、あなたを守らせてください」
一瞬、キクコは目を瞬いた。
そして。
「ばかね」
扇子で、軽く彼の額を叩く。
「守られるほど、やわじゃないわよ」
だが、微笑みはどこか柔らかかった。
「でも……気持ちは受け取っておく」
◆ ◆ ◆
その夜。
王城の別室で、王太子は新たな報告を受けていた。
「……勇者ファイエルが、キクコ・イソファガスと接触?」
「はい。かなり親しい様子で……」
王太子は、歯噛みする。
「……そうか」
勇者。
民の英雄。
そして、キクコを知る者。
「……面倒な駒が、また一つ増えたな」
だが、その“駒”が、
自分よりはるかに重い存在だということを――
彼は、まだ理解していなかった。
幼い日の約束は、
静かに、しかし確実に、現在へと繋がっていた。
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王城の祈祷堂での一件は、王都に静かな衝撃を与えていた。
「聖女様が、あの場で王太子に異を唱えたらしい」 「イソファガスの令嬢が、諭したとか……」 「ただの貴族令嬢じゃない、って噂だぞ」
噂は、もはや“疑念”ではなく、“確信”へと変わりつつあった。
――キクコ・イソファガスには、何かある。
だが、その核心に辿り着ける者は、まだ誰もいない。
◆ ◆ ◆
その頃、王都郊外の訓練場。
若い騎士たちの掛け声が響く中、一人の青年が剣を振るっていた。
無駄のない動き。
実戦を知る者特有の、研ぎ澄まされた間合い。
「……そこだ!」
鋭い踏み込み。
模擬剣が相手の喉元でぴたりと止まる。
「ま、参りました……!」
周囲がどよめいた。
「やっぱり別格だな、ファイエル」 「勇者ってのは伊達じゃない……」
青年――ファイエルは、静かに剣を下ろした。
「……まだ甘い」
呟きは、自分自身に向けたものだった。
◆ ◆ ◆
その日の夕方。
ファイエルは、王城の奥にある小さな庭園を訪れていた。
かつて王太子が幼少期に使っていた、今はほとんど使われない場所。
「……ここも、変わってないな」
その声に。
「あなたが変わったのよ」
背後から、懐かしい声がした。
「……キクコ」
振り返ると、そこには彼女がいた。
銀の髪。
穏やかな微笑。
記憶の中と、寸分違わぬ姿。
「お久しぶり。ずいぶん立派になったじゃない」
「……それ、褒め言葉ですか?」
「もちろん。昔は泣き虫だったもの」
ファイエルは苦笑した。
「……あの頃のこと、覚えていますか」
「全部」
即答だった。
◆ ◆ ◆
二人は、庭園のベンチに並んで腰かけた。
沈黙が、どこか心地いい。
「俺が初めて剣を持った日」
ファイエルが、ぽつりと語り出す。
「重すぎて、落として……あなたに怒られましたね」
「怒ってないわ」
「怒ってました」
くすり、とキクコが笑う。
「だって、命を預ける道具を、適当に扱うんだもの」
視線を遠くに向ける。
「あの時、あなたに言ったわね」
――剣は、人を守るために振るいなさい。
――憎しみで握った瞬間、それはあなたを裏切る。
「……今も、守れていますか?」
キクコの問いに、ファイエルは一瞬黙った。
「……魔王と戦ったとき、正直に言えば……」
拳を握る。
「守るため、だけじゃなかった。
終わらせたい、という気持ちもあった」
キクコは、責めることなく頷いた。
「それでも、戻ってきた」
「はい」
「それで、十分よ」
その言葉に、ファイエルの肩から力が抜けた。
◆ ◆ ◆
しばらくして、ファイエルが意を決したように口を開く。
「……あなたの噂、王都で広がっています」
「でしょうね」
「年を取らない、とか……魔女だとか」
「懐かしい言われ方だわ」
自嘲気味に笑う。
「……怖くないんですか」
ファイエルは、真剣な目で見つめた。
「また、全部失うかもしれないのに」
キクコは、空を見上げた。
「怖くないわけないでしょう」
静かな声。
「でもね、逃げ続けても、時間は止まらない」
視線を彼に戻す。
「あなたが戻ってきたってことは……
世界が、また動き出したってこと」
ファイエルは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……一つ、約束してください」
「なに?」
「今度は、あなたを守らせてください」
一瞬、キクコは目を瞬いた。
そして。
「ばかね」
扇子で、軽く彼の額を叩く。
「守られるほど、やわじゃないわよ」
だが、微笑みはどこか柔らかかった。
「でも……気持ちは受け取っておく」
◆ ◆ ◆
その夜。
王城の別室で、王太子は新たな報告を受けていた。
「……勇者ファイエルが、キクコ・イソファガスと接触?」
「はい。かなり親しい様子で……」
王太子は、歯噛みする。
「……そうか」
勇者。
民の英雄。
そして、キクコを知る者。
「……面倒な駒が、また一つ増えたな」
だが、その“駒”が、
自分よりはるかに重い存在だということを――
彼は、まだ理解していなかった。
幼い日の約束は、
静かに、しかし確実に、現在へと繋がっていた。
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