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第10話 王太子の誤算
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第10話 王太子の誤算
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王城・執務室。
重厚な机の前で、王太子は苛立ちを隠しきれずに書簡を握り潰していた。
「……勇者ファイエルが、イソファガスの女と親しい?」
低く吐き捨てるような声。
「よりにもよって、あの“英雄”が……!」
報告に来ていた側近は、慎重に言葉を選ぶ。
「はい。王都ではすでに噂になっております。
“勇者が敬意を払う女性”として……」
「敬意だと?」
王太子は鼻で笑った。
「英雄が、十七の小娘に?」
だが、内心では焦りが広がっていた。
民の信望。
勇者の名声。
そして、キクコ・イソファガスという得体の知れない存在。
それらが結びつくことの危険性を、彼は本能的に感じ取っていた。
「……使えるか?」
「は?」
「勇者だ。
王家に取り込めば、あの女を孤立させられる」
側近は一瞬、言葉を失った。
「ですが殿下……ファイエル殿は、すでに王家に忠誠を誓っております。
それ以上の圧は――」
「圧などいらん」
王太子は、ゆっくりと立ち上がった。
「恩を与えればいい。
名誉、地位、褒賞……女より、英雄にふさわしい未来を見せてやる」
◆ ◆ ◆
同じ頃。
王都・下町の外れ。
ファイエルは、簡素な宿の一室で剣の手入れをしていた。
――コン、コン。
控えめなノック。
「誰だ?」
「王太子殿下の使いです」
嫌な予感が、背筋を走る。
◆ ◆ ◆
翌日。
王城の応接間に、ファイエルは呼び出されていた。
「よく来たな、勇者ファイエル」
王太子は、柔らかな笑みを浮かべて迎える。
「国のため、尽力してくれたこと、感謝している」
「……恐れ入ります」
形式的な礼。
「さて、本題だ」
王太子は、机の上に書簡を置いた。
「貴公を、王家直属の近衛将軍に任じたい」
一瞬、空気が止まる。
破格の待遇。
若き勇者にとって、これ以上ない名誉。
「……なぜ、私に?」
ファイエルは、静かに問い返した。
「貴公は英雄だ。
英雄は、国の象徴であるべきだろう?」
王太子は、意味ありげに続ける。
「……そして、余計な人間関係に縛られるべきではない」
遠回しな言葉。
だが、意図は明白だった。
「イソファガス家とは、距離を置け、と?」
王太子の笑みが、一瞬だけ歪んだ。
「察しがいいな」
◆ ◆ ◆
沈黙。
ファイエルは、しばらく目を伏せていたが、やがて顔を上げた。
「お断りします」
きっぱりと。
「……なに?」
「私は、王家に忠誠を誓いました。
ですが、それは“正しい国”に対してです」
王太子の目が、細くなる。
「イソファガスの令嬢は、正しくないと?」
「いいえ」
ファイエルは、真っ直ぐに言った。
「彼女は、私が知る限り、誰よりもこの国のために動いてきた人です」
王太子は、笑みを消した。
「……英雄風情が、政治を語るな」
「語るつもりはありません」
ただ、静かに続ける。
「ですが――
彼女を切り捨てる国なら、私は剣を振るえません」
◆ ◆ ◆
応接間を出た後。
ファイエルは、深く息を吐いた。
「……やっぱり、来たか」
自分が“駒”として見られていることは、分かっていた。
だが、それ以上に。
(あなたは……相変わらず、面倒ごとを引き寄せる)
脳裏に浮かぶ、銀髪の少女。
◆ ◆ ◆
一方、王太子の執務室。
「……拒否、だと?」
報告を受けた王太子は、椅子を蹴り倒した。
「なぜだ!
なぜ、皆あの女の側につく!」
側近たちは、沈黙する。
王太子は、荒い息のまま、呟いた。
「……ならば、もういい」
冷たい声。
「英雄も、令嬢も、まとめて“問題”として処理する」
それが――
決定的な一線だった。
王太子自身が、引き返せない場所へ踏み出した瞬間。
そしてその誤算は、
後に彼自身を飲み込むことになる。
まだ、誰も知らないままに。
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王城・執務室。
重厚な机の前で、王太子は苛立ちを隠しきれずに書簡を握り潰していた。
「……勇者ファイエルが、イソファガスの女と親しい?」
低く吐き捨てるような声。
「よりにもよって、あの“英雄”が……!」
報告に来ていた側近は、慎重に言葉を選ぶ。
「はい。王都ではすでに噂になっております。
“勇者が敬意を払う女性”として……」
「敬意だと?」
王太子は鼻で笑った。
「英雄が、十七の小娘に?」
だが、内心では焦りが広がっていた。
民の信望。
勇者の名声。
そして、キクコ・イソファガスという得体の知れない存在。
それらが結びつくことの危険性を、彼は本能的に感じ取っていた。
「……使えるか?」
「は?」
「勇者だ。
王家に取り込めば、あの女を孤立させられる」
側近は一瞬、言葉を失った。
「ですが殿下……ファイエル殿は、すでに王家に忠誠を誓っております。
それ以上の圧は――」
「圧などいらん」
王太子は、ゆっくりと立ち上がった。
「恩を与えればいい。
名誉、地位、褒賞……女より、英雄にふさわしい未来を見せてやる」
◆ ◆ ◆
同じ頃。
王都・下町の外れ。
ファイエルは、簡素な宿の一室で剣の手入れをしていた。
――コン、コン。
控えめなノック。
「誰だ?」
「王太子殿下の使いです」
嫌な予感が、背筋を走る。
◆ ◆ ◆
翌日。
王城の応接間に、ファイエルは呼び出されていた。
「よく来たな、勇者ファイエル」
王太子は、柔らかな笑みを浮かべて迎える。
「国のため、尽力してくれたこと、感謝している」
「……恐れ入ります」
形式的な礼。
「さて、本題だ」
王太子は、机の上に書簡を置いた。
「貴公を、王家直属の近衛将軍に任じたい」
一瞬、空気が止まる。
破格の待遇。
若き勇者にとって、これ以上ない名誉。
「……なぜ、私に?」
ファイエルは、静かに問い返した。
「貴公は英雄だ。
英雄は、国の象徴であるべきだろう?」
王太子は、意味ありげに続ける。
「……そして、余計な人間関係に縛られるべきではない」
遠回しな言葉。
だが、意図は明白だった。
「イソファガス家とは、距離を置け、と?」
王太子の笑みが、一瞬だけ歪んだ。
「察しがいいな」
◆ ◆ ◆
沈黙。
ファイエルは、しばらく目を伏せていたが、やがて顔を上げた。
「お断りします」
きっぱりと。
「……なに?」
「私は、王家に忠誠を誓いました。
ですが、それは“正しい国”に対してです」
王太子の目が、細くなる。
「イソファガスの令嬢は、正しくないと?」
「いいえ」
ファイエルは、真っ直ぐに言った。
「彼女は、私が知る限り、誰よりもこの国のために動いてきた人です」
王太子は、笑みを消した。
「……英雄風情が、政治を語るな」
「語るつもりはありません」
ただ、静かに続ける。
「ですが――
彼女を切り捨てる国なら、私は剣を振るえません」
◆ ◆ ◆
応接間を出た後。
ファイエルは、深く息を吐いた。
「……やっぱり、来たか」
自分が“駒”として見られていることは、分かっていた。
だが、それ以上に。
(あなたは……相変わらず、面倒ごとを引き寄せる)
脳裏に浮かぶ、銀髪の少女。
◆ ◆ ◆
一方、王太子の執務室。
「……拒否、だと?」
報告を受けた王太子は、椅子を蹴り倒した。
「なぜだ!
なぜ、皆あの女の側につく!」
側近たちは、沈黙する。
王太子は、荒い息のまま、呟いた。
「……ならば、もういい」
冷たい声。
「英雄も、令嬢も、まとめて“問題”として処理する」
それが――
決定的な一線だった。
王太子自身が、引き返せない場所へ踏み出した瞬間。
そしてその誤算は、
後に彼自身を飲み込むことになる。
まだ、誰も知らないままに。
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