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第29話 王が踏み込まない理由
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第29話 王が踏み込まない理由
朝の王城は、いつもより静かだった。
謁見の予定はなく、急ぎの政務もない。
それでもアルフェリットは早くから執務室に入っていた。
机の上に広げられたのは、国内各地の報告書。
税、治水、軍備、交易――どれも問題なく整っている。
「……平和すぎるな」
ぽつりと漏れた言葉には、満足よりも戸惑いが混じっていた。
つい数か月前まで、この国は不穏の種をいくつも抱えていたはずだ。
魔王騒動、貴族の不正、宗教勢力の対立。
それらは確かに存在していた。
だが今は、まるで最初から無かったかのように整っている。
(まただ……)
アルフェリットは、指先で机を軽く叩いた。
キクコが関わった件は、必ず「最善の形」で終わる。
血も混乱も最小限。
犠牲は出ず、責任の所在は曖昧なまま、しかし確実に解決される。
「……聖女でも、ここまで完璧じゃない」
誰に聞かせるでもなく、彼はそう呟いた。
---
その日の昼前。
キクコ・イソファガスは、いつも通り王城を訪れていた。
書類の束を抱え、扇子を片手に、軽い足取りで廊下を進む。
「おはようございます、陛下」
「……おはよう、キクコ」
アルフェリットは顔を上げ、少しだけ視線を泳がせた。
――やはり、変わらない。
服装も、声も、佇まいも。
十七歳と聞いて、誰も疑わない姿。
「何か、顔色が悪いわね?」
「……そう見えるか?」
「ええ。考え事しすぎの顔よ、それ」
キクコは何気なく椅子に腰を下ろし、書類を机に置いた。
「政務は順調でしょう? なら、悩む必要なんてないはず」
その言葉は、核心を避けるようでいて、すべてを見透かしているようだった。
アルフェリットは一瞬、口を開きかけ――閉じた。
「……そうだな」
問い質すことは、簡単だ。
なぜ年を取らないのか。
なぜ三百年前の記録に似た顔があるのか。
なぜ、彼女が関わると世界が“丸く収まる”のか。
だが。
(聞いた瞬間、何かが壊れる気がする)
それは理屈ではなく、直感だった。
---
「ところで」
キクコが、扇子をぱちんと閉じる。
「今日は、ずいぶん大人しいわね。
いつもなら、求婚の話を三回は持ち出してくる時間なのに」
「……」
「なに、その沈黙。図星?」
アルフェリットは苦笑した。
「……少し、考えた」
「へえ。成長ね」
「失礼だな」
「事実でしょう?」
キクコは紅茶を一口含み、柔らかく笑った。
「で? 結論は?」
「……今は、言わない」
「賢明ね」
彼女はそれ以上、何も聞かなかった。
それが逆に、アルフェリットの胸を少し締め付けた。
---
「キクコ」
呼び止めると、彼女は振り返る。
「なに?」
「……君は」
一瞬、言葉に詰まる。
「この国に、留まってくれるか?」
それは王命でも、求婚でもない。
ただの、不安から出た言葉だった。
キクコは目を細め、少しだけ困ったように笑う。
「……今さら?」
「答えになっていない」
「ふふ」
彼女は扇子で口元を隠した。
「私はね、この国が好きよ。
あなたが守ろうとしている“今”も」
そして、静かに言った。
「だから、簡単には消えないわ」
それは約束のようで、逃げ道のある言葉だった。
---
キクコが去ったあと。
執務室に一人残ったアルフェリットは、深く息を吐いた。
(知りたい。でも――)
知ってしまえば、
彼女を“普通の少女”として見られなくなる。
それだけは、耐えがたかった。
「……まだ、いい」
彼は決断した。
真実に踏み込まないことを。
信じることを選ぶ。
彼女が十七歳だと言うなら、そうなのだ。
それ以上を考えるのは、王としてではなく、一人の男として――怖すぎる。
若き王は、静かに書類へ視線を戻した。
永遠の少女が、隣にいる限り。
彼はまだ、この曖昧な平衡の中に留まることを選んだのだった。
朝の王城は、いつもより静かだった。
謁見の予定はなく、急ぎの政務もない。
それでもアルフェリットは早くから執務室に入っていた。
机の上に広げられたのは、国内各地の報告書。
税、治水、軍備、交易――どれも問題なく整っている。
「……平和すぎるな」
ぽつりと漏れた言葉には、満足よりも戸惑いが混じっていた。
つい数か月前まで、この国は不穏の種をいくつも抱えていたはずだ。
魔王騒動、貴族の不正、宗教勢力の対立。
それらは確かに存在していた。
だが今は、まるで最初から無かったかのように整っている。
(まただ……)
アルフェリットは、指先で机を軽く叩いた。
キクコが関わった件は、必ず「最善の形」で終わる。
血も混乱も最小限。
犠牲は出ず、責任の所在は曖昧なまま、しかし確実に解決される。
「……聖女でも、ここまで完璧じゃない」
誰に聞かせるでもなく、彼はそう呟いた。
---
その日の昼前。
キクコ・イソファガスは、いつも通り王城を訪れていた。
書類の束を抱え、扇子を片手に、軽い足取りで廊下を進む。
「おはようございます、陛下」
「……おはよう、キクコ」
アルフェリットは顔を上げ、少しだけ視線を泳がせた。
――やはり、変わらない。
服装も、声も、佇まいも。
十七歳と聞いて、誰も疑わない姿。
「何か、顔色が悪いわね?」
「……そう見えるか?」
「ええ。考え事しすぎの顔よ、それ」
キクコは何気なく椅子に腰を下ろし、書類を机に置いた。
「政務は順調でしょう? なら、悩む必要なんてないはず」
その言葉は、核心を避けるようでいて、すべてを見透かしているようだった。
アルフェリットは一瞬、口を開きかけ――閉じた。
「……そうだな」
問い質すことは、簡単だ。
なぜ年を取らないのか。
なぜ三百年前の記録に似た顔があるのか。
なぜ、彼女が関わると世界が“丸く収まる”のか。
だが。
(聞いた瞬間、何かが壊れる気がする)
それは理屈ではなく、直感だった。
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「ところで」
キクコが、扇子をぱちんと閉じる。
「今日は、ずいぶん大人しいわね。
いつもなら、求婚の話を三回は持ち出してくる時間なのに」
「……」
「なに、その沈黙。図星?」
アルフェリットは苦笑した。
「……少し、考えた」
「へえ。成長ね」
「失礼だな」
「事実でしょう?」
キクコは紅茶を一口含み、柔らかく笑った。
「で? 結論は?」
「……今は、言わない」
「賢明ね」
彼女はそれ以上、何も聞かなかった。
それが逆に、アルフェリットの胸を少し締め付けた。
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「キクコ」
呼び止めると、彼女は振り返る。
「なに?」
「……君は」
一瞬、言葉に詰まる。
「この国に、留まってくれるか?」
それは王命でも、求婚でもない。
ただの、不安から出た言葉だった。
キクコは目を細め、少しだけ困ったように笑う。
「……今さら?」
「答えになっていない」
「ふふ」
彼女は扇子で口元を隠した。
「私はね、この国が好きよ。
あなたが守ろうとしている“今”も」
そして、静かに言った。
「だから、簡単には消えないわ」
それは約束のようで、逃げ道のある言葉だった。
---
キクコが去ったあと。
執務室に一人残ったアルフェリットは、深く息を吐いた。
(知りたい。でも――)
知ってしまえば、
彼女を“普通の少女”として見られなくなる。
それだけは、耐えがたかった。
「……まだ、いい」
彼は決断した。
真実に踏み込まないことを。
信じることを選ぶ。
彼女が十七歳だと言うなら、そうなのだ。
それ以上を考えるのは、王としてではなく、一人の男として――怖すぎる。
若き王は、静かに書類へ視線を戻した。
永遠の少女が、隣にいる限り。
彼はまだ、この曖昧な平衡の中に留まることを選んだのだった。
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