永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾

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第31話 踏み込まない距離、重なる歩幅

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第31話 踏み込まない距離、重なる歩幅

 朝の王城は、思いのほか静かだった。

 高い天井を持つ回廊に、靴音がひとつ響く。
 アルフェリットは執務室へ向かう途中、立ち止まって窓の外を見下ろした。

 中庭では、庭師たちが雨上がりの草花を整えている。
 平和な光景だ――あまりにも。

(昨日の会話が、夢じゃないといいが)

 そう思った自分に、少しだけ苦笑する。
 王として即位してから、誰かの言葉がこんなにも胸に残ることはなかった。

 ――「あなたの王国を、壊さない」

 守るでも、導くでもない。
 あまりにキクコらしい、曖昧で、それでいて重い約束。

     ◆ ◆ ◆

 一方、イソファガス邸。

 キクコは、書斎の机に肘をつき、ぼんやりと外を眺めていた。
 窓辺には、雨露を残した白い花が揺れている。

「……踏み込まれなかったわね」

 小さく呟き、紅茶をひと口。

 昨日、アルフェリットは確実に“境界線”に触れていた。
 それでも、越えなかった。

 それが、なぜか少し――胸に引っかかる。

「知ろうとしない優しさって、時々ずるいのよ」

 誰よりも理性的で、誰よりも自分勝手。
 それが、あの若き国王だ。

 彼は、真実を暴けば自分が楽になることを、理解している。
 それでも選ばなかった。

「……まったく」

 扇子をぱちんと閉じる。

「これだから、優秀な男は厄介なのよ」

     ◆ ◆ ◆

 その日の昼。

 王城では、小規模な評議が開かれていた。
 議題は、隣国との通商協定と、国境警備の再編。

「軍の再配置については、過剰反応との声もありますが」

 老臣のひとりが慎重に口を開く。

「魔王討伐後とはいえ、情勢は流動的です。備えは必要でしょう」

 アルフェリットは頷き、静かに言った。

「民が怯えぬ形で、守る。それが条件だ」

 その声は若いが、揺るぎはない。

 評議の席の後方――
 控えとして同席していたキクコは、腕を組んでその様子を眺めていた。

(……ちゃんと王やってるじゃない)

 口に出したら、絶対に調子に乗る。
 だから言わない。

 だが、その判断力と視野の広さは、三百年生きた彼女から見ても十分に合格点だった。

     ◆ ◆ ◆

 評議が終わり、人が引いた後。

「キクコ」

「なに?」

 呼び止められ、振り返る。

「……時間はあるか?」

「珍しい聞き方ね。国王陛下が“時間を作れ”じゃなくて?」

「今は、個人的な話だ」

 キクコは一瞬だけ考え、肩をすくめた。

「紅茶一杯分だけ」

「十分だ」

     ◆ ◆ ◆

 小さな応接室。

 窓際の丸テーブルに、湯気の立つティーポットが置かれる。

「最近、眠れているか?」

 アルフェリットが、唐突に尋ねた。

「それ、王の質問?」

「……いや、個人的な心配だ」

 キクコは一瞬きょとんとし、それから笑った。

「相変わらずズレてるわね。でも、嫌いじゃない」

 カップを傾けながら、続ける。

「眠れてるわ。三百年分の不眠症なら、もうとっくに慣れてるもの」

「……そうか」

 それ以上、踏み込まない。
 彼は、昨日と同じ選択をした。

「ねえ、アルフェリット」

「なんだ」

「あなた、知ろうとしないことで後悔しない?」

 核心を突く問い。

 彼は少し考え、答えた。

「後悔する日が来るかもしれない。だが――」

 視線を逸らさず、言う。

「それでも、今は“知らないまま信じる”方を選びたい」

 キクコは、ふっと息を吐いた。

「……重い男ね」

「自覚はある」

「なら、仕方ないわ」

 カップを置き、立ち上がる。

「踏み込まない距離を選んだなら、私も歩調を合わせる」

「それは……」

「妥協じゃないわ。共犯関係、みたいなものよ」

 くるりと踵を返し、扇子を振る。

「真実を暴かずに、この国を回す。なかなかスリリングでしょ?」

 アルフェリットは、わずかに笑った。

「ああ。だが――悪くない」

     ◆ ◆ ◆

 こうして二人は、踏み込まないことを選びながら、
 確実に距離を縮めていく。

 知らないまま守る王と、
 語らぬまま支える永遠の少女。

 その歪で静かな均衡は、
 やがて避けられぬ“決断”へと続いていく――。

――第32話へ続く。
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