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4話 完璧な受諾
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4話 完璧な受諾
発表の場が解散しても、王都の空気は落ち着かなかった。
広場から引き上げる貴族たちの足取りは重く、早口の囁きがそこかしこで交わされている。
驚き、困惑、計算。
それらが入り混じった視線が、絶えず一人の人物を追っていた。
アルトリア・カストゥス。
王太子から一方的に婚約を破棄され、それを公衆の面前で受け入れた公爵令嬢。
彼女は、まるで何事もなかったかのように歩いていた。
背筋は真っ直ぐ、歩幅は一定。
視線は前を向き、唇にはかすかな微笑みを湛えている。
――完璧。
誰もがそう思った。
「さすがカストゥス公爵家の令嬢だな……」 「取り乱しもしないとは」 「普通なら卒倒してもおかしくない場面だぞ」
そんな声が、彼女の背後で囁かれる。
アルトリアは、聞こえていないふりをする必要すらなかった。
貴族社会で生きるとは、こうした視線と評価を受け流すことでもある。
(……ええ、見せ物は、もう十分ですわ)
内心でそう呟きながらも、表情は変えない。
王宮内の回廊を進む途中、数名の貴族夫人が彼女に近づいた。
「アルトリア様……」 「お辛いでしょうに……」
同情の言葉。
慰めの体裁を取った探り。
アルトリアは足を止め、静かに首を振った。
「ご心配には及びませんわ」 「王太子殿下のお決めになったことですもの」
その声は穏やかで、揺らぎがない。
「私は、公爵令嬢として当然の対応をしたまでです」
誰もが納得する言葉だった。
そして同時に、これ以上踏み込めない壁でもある。
「……強いお方ですわね」 「ええ、本当に」
夫人たちはそれ以上何も言えず、深く礼をして去っていく。
アルトリアは再び歩き出した。
胸の内にある感情を、誰にも悟らせぬまま。
王宮の一角、来賓控室。
ここは、公式行事の後に関係者が一時的に休むための場所だ。
アルトリアは侍女に勧められるまま椅子に腰掛けた。
「お嬢様……」 「紅茶をお持ちいたしますか?」
侍女の声には、わずかな震えがあった。
アルトリアはそれに気づき、ふっと微笑む。
「ありがとう。でも、今は結構よ」
その一言で、侍女はほっと息をついた。
(……周囲の方が動揺してますのね)
それも無理はない。
王太子との婚約破棄など、人生設計の根幹が崩れる出来事だ。
普通なら、泣くか、怒るか、取り乱す。
だが、アルトリアは違った。
違わなければならなかった。
「……立派なお振る舞いでしたな」
控えめな声で話しかけてきたのは、年配の伯爵だった。
彼はアルトリアの父とも面識がある。
「いえ、当然のことをしたまでです」 「王太子殿下の決断に異を唱える理由はございません」
事実だ。
少なくとも、今この場では。
伯爵は頷き、低く声を落とす。
「貴女の評価は、むしろ上がっておりますぞ」 「感情に流されぬ、公爵令嬢としてな」
その言葉に、アルトリアは微笑みを返した。
(……評価、ですか)
それがどれほど空虚なものか、彼女はよく知っている。
だが、今はそれでいい。
この瞬間に必要なのは、正しさでも、幸せでもない。
「乱れないこと」。
それだけだ。
やがて、控室を訪れる者も減り、王宮内は次第に静けさを取り戻していく。
アルトリアは立ち上がり、侍女に告げた。
「戻りましょう」 「今日は、少し疲れましたわ」
「……はい」
その言葉を聞いた侍女は、胸を撫で下ろしたようだった。
王宮を出る馬車の中。
アルトリアは窓の外を眺めながら、深く息を吐いた。
まだ、何も考えない。
結論も、判断も、先送りにする。
今はただ――
(……完璧でいること)
それが、彼女に課せられた役目だった。
馬車は静かに走り続ける。
アルトリア・カストゥスは、最後まで微笑みを崩さなかった。
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発表の場が解散しても、王都の空気は落ち着かなかった。
広場から引き上げる貴族たちの足取りは重く、早口の囁きがそこかしこで交わされている。
驚き、困惑、計算。
それらが入り混じった視線が、絶えず一人の人物を追っていた。
アルトリア・カストゥス。
王太子から一方的に婚約を破棄され、それを公衆の面前で受け入れた公爵令嬢。
彼女は、まるで何事もなかったかのように歩いていた。
背筋は真っ直ぐ、歩幅は一定。
視線は前を向き、唇にはかすかな微笑みを湛えている。
――完璧。
誰もがそう思った。
「さすがカストゥス公爵家の令嬢だな……」 「取り乱しもしないとは」 「普通なら卒倒してもおかしくない場面だぞ」
そんな声が、彼女の背後で囁かれる。
アルトリアは、聞こえていないふりをする必要すらなかった。
貴族社会で生きるとは、こうした視線と評価を受け流すことでもある。
(……ええ、見せ物は、もう十分ですわ)
内心でそう呟きながらも、表情は変えない。
王宮内の回廊を進む途中、数名の貴族夫人が彼女に近づいた。
「アルトリア様……」 「お辛いでしょうに……」
同情の言葉。
慰めの体裁を取った探り。
アルトリアは足を止め、静かに首を振った。
「ご心配には及びませんわ」 「王太子殿下のお決めになったことですもの」
その声は穏やかで、揺らぎがない。
「私は、公爵令嬢として当然の対応をしたまでです」
誰もが納得する言葉だった。
そして同時に、これ以上踏み込めない壁でもある。
「……強いお方ですわね」 「ええ、本当に」
夫人たちはそれ以上何も言えず、深く礼をして去っていく。
アルトリアは再び歩き出した。
胸の内にある感情を、誰にも悟らせぬまま。
王宮の一角、来賓控室。
ここは、公式行事の後に関係者が一時的に休むための場所だ。
アルトリアは侍女に勧められるまま椅子に腰掛けた。
「お嬢様……」 「紅茶をお持ちいたしますか?」
侍女の声には、わずかな震えがあった。
アルトリアはそれに気づき、ふっと微笑む。
「ありがとう。でも、今は結構よ」
その一言で、侍女はほっと息をついた。
(……周囲の方が動揺してますのね)
それも無理はない。
王太子との婚約破棄など、人生設計の根幹が崩れる出来事だ。
普通なら、泣くか、怒るか、取り乱す。
だが、アルトリアは違った。
違わなければならなかった。
「……立派なお振る舞いでしたな」
控えめな声で話しかけてきたのは、年配の伯爵だった。
彼はアルトリアの父とも面識がある。
「いえ、当然のことをしたまでです」 「王太子殿下の決断に異を唱える理由はございません」
事実だ。
少なくとも、今この場では。
伯爵は頷き、低く声を落とす。
「貴女の評価は、むしろ上がっておりますぞ」 「感情に流されぬ、公爵令嬢としてな」
その言葉に、アルトリアは微笑みを返した。
(……評価、ですか)
それがどれほど空虚なものか、彼女はよく知っている。
だが、今はそれでいい。
この瞬間に必要なのは、正しさでも、幸せでもない。
「乱れないこと」。
それだけだ。
やがて、控室を訪れる者も減り、王宮内は次第に静けさを取り戻していく。
アルトリアは立ち上がり、侍女に告げた。
「戻りましょう」 「今日は、少し疲れましたわ」
「……はい」
その言葉を聞いた侍女は、胸を撫で下ろしたようだった。
王宮を出る馬車の中。
アルトリアは窓の外を眺めながら、深く息を吐いた。
まだ、何も考えない。
結論も、判断も、先送りにする。
今はただ――
(……完璧でいること)
それが、彼女に課せられた役目だった。
馬車は静かに走り続ける。
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