本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾

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第3話 婚約破棄の宣言

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第3話 婚約破棄の宣言

 その日は、あらかじめ「発表がある」とだけ告げられていた。

 王城大広間。
 貴族、高位聖職者、近隣諸国の使節まで集められた、半ば公式の場だ。
 空気は張り詰めているが、内容を正確に知る者は少ない。

 アルトリア・カストゥスは、定められた位置に立ちながら、周囲を静かに見渡していた。

(この顔ぶれ……)

 即位式に準じるほどではない。
 だが「私的な話」で済ませるつもりもない。

(ええ、決めましたわね)

 隣に立つ王太子ルートヴィヒ・マシアスは、いつになく自信に満ちた表情をしていた。迷いも、躊躇もない。彼の中では、すでに物語は完成している。

 ほどなく、国王の入場を告げる声が響き、形式的な挨拶が交わされる。
 その後、王太子が一歩前へ出た。

「本日は、皆に報告がある」

 ざわめきが、すっと静まる。

「先日、王都中央広場にて奇跡が起きたことは、すでに知っているだろう」

 視線が、一斉に一点へ集まる。

 ジャンヌ・テレーゼ。

 彼女は、聖職者に囲まれるようにして立っていた。
 緊張で強張った顔。逃げ場を探すような視線。

(……まだ、心の準備もできていませんのに)

 アルトリアは、ほんの一瞬だけ唇を引き結んだ。

「宙に浮かぶという奇跡。
 それは神が我が国に与えた祝福であり、導きである」

 王太子の声はよく通る。

「ゆえに、私は決断した」

 一拍。

「ジャンヌ・テレーゼを、正式に聖女として迎え入れる」

 どよめきが走る。
 驚きと納得が、入り混じったざわめき。

 だが、それは前置きにすぎなかった。

「そして――」

 王太子は、言葉を続ける。

「聖女には、それに相応しい立場が必要だ」

 アルトリアは、微動だにしない。

(来ましたわね)

「よって」

 その声が、はっきりと響く。

「私は、アルトリア・カストゥスとの婚約を破棄し、
 ジャンヌ・テレーゼと新たに婚約することを、ここに宣言する」

 一瞬、空気が凍りついた。

 次の瞬間、抑えきれないざわめきが広がる。

「婚約破棄……?」 「公爵家との縁を切ると……?」 「正妃候補を……?」

 多くの視線が、アルトリアに向けられた。

 泣くのか。
 抗議するのか。
 怒りを露わにするのか。

 ――だが。

「……承知いたしました」

 アルトリアは、一歩前に出て、優雅に一礼した。

「王太子殿下のご判断、謹んでお受けいたします」

 静まり返る大広間。

「どうか、聖女様と共に、国をお導きくださいませ」

 その声は、澄み切っていた。

 感情の揺れを、一切感じさせない。

 ざわめきは次第に困惑へと変わる。

「……あっさりだな」 「抵抗しないのか……?」

 王太子は一瞬、拍子抜けしたような表情を浮かべたが、すぐに満足げに頷いた。

「理解してもらえて助かる」

「ええ。国家のためですもの」

 それ以上の言葉は、不要だった。

 ジャンヌは、何が起きたのか分からないまま、ただ青ざめて立っている。
 視線が泳ぎ、助けを求めるように周囲を見回すが、誰も応えない。

(……ごめんなさい)

 アルトリアは、心の中でだけそう呟いた。

 式は、そのまま「滞りなく」進行した。

 聖女の誕生。
 新たな婚約。
 そして、旧い婚約の解消。

 すべてが、王太子の筋書き通りだ。

 ◇

 カストゥス公爵家に用意された控室。

 重厚な扉が閉まり、外の音が遮断された、その瞬間。

「――――――」

 一拍。

「聖女様様ですわぁぁぁぁぁ!!!」

 アルトリアは、思い切り両手を突き上げた。

「ありがとうございます! 本当にありがとうございます神様!
 まさか、あちらから婚約破棄してくださるなんて!」

 くるりと一回転し、椅子に腰掛ける。

「復讐も根回しも不要!
 面倒な王妃教育からも解放!
 今日は記念日ですわ!」

 ひとしきり喜びきった後、アルトリアは深く息を吐いた。

「……さて」

 表情が、すっと切り替わる。

「三十センチ浮く聖女様に、
 ここまでの価値を見出すなんて……」

 小さく首を傾げる。

「派手ですけれど……
 どう考えても、役に立ちませんわね」

 その瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。

「……まずいですわ」

 即座に、結論が出る。

「この事実――
 誰にも気づかせてはいけません」

 価値が下がれば、切り捨てられる。
 それが、この世界の現実。

「……当初の結論は」

 アルトリアは、静かに指を組んだ。

「王太子殿下と聖女様の婚約を、
 守るべき、ですわね」

 立場があれば、守られる。
 檻であっても、命綱にはなる。

 それが――今の、最善。

(ええ……今は、まだ)

 その判断が、
 やがて自分自身の手で覆されることになるとは、
 この時のアルトリアは、まだ知らなかった。
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