本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾

文字の大きさ
8 / 39

8話 無制限だが役に立たない

しおりを挟む
8話 無制限だが役に立たない

その日、アルトリア・カストゥスは、
「少し雑談でも」という名目でジャンヌ・テレーゼの部屋を訪れていた。

目的は一つ。

(……正直、三十センチ浮くだけでここまで騒がれる理由が分かりませんわ)

噂が、あまりにも盛られすぎている。

「空を自由に飛び回る聖女」 「物を操り、敵を制圧する奇跡の乙女」 「消えて現れる神の使い」

(……どれも、聞いていませんけれど)

アルトリアは内心で首を傾げながら、
机に向かい合って座るジャンヌを見た。

今日のジャンヌは、相変わらず緊張気味だ。
手を膝の上でぎゅっと組み、視線もどこか落ち着かない。

「今日は、少しゆっくりお話ししましょう」 「能力のことも、含めて」

その言葉に、ジャンヌはぴくっと肩を震わせた。

「……あの」 「やっぱり……聞きますよね……」

「ええ」 「噂が、少々……いえ、かなり自由ですので」

ジャンヌは、困ったように笑った。

「……私も、どうしていいか分からなくて……」

アルトリアは、にこやかに頷く。

「では、改めて確認ですわ」 「空中浮遊以外に……何か、ございます?」

ジャンヌは、一瞬だけ迷った。

だが、覚悟を決めたように、小さく息を吸う。

「……あります」

アルトリアの背筋が、すっと伸びた。

(ありますの!?)

「……実は」

ジャンヌが、そっと机の上のティーカップに視線を向ける。

「え?」

次の瞬間だった。

ティーカップが、ふわりと宙に浮いた。

「……」

アルトリアは、言葉を失った。

三十センチの空中浮遊とは、話が違う。
今度は“物”だ。

「……ジャンヌ様?」 「今のは……?」

「……念動力、です」

「念動力……!」

アルトリアの目が、明らかに輝いた。

(それは……) (それは、いくらなんでも……!)

「では……!」 「物を自在に操れるのですわね!?」

ジャンヌは、慌てて首を振った。

「い、いえ……!」 「自在では……」

「重さは?」

「……これくらいまでです」

ジャンヌが集中を解くと、カップは机に戻った。

「……どれくらい?」

アルトリアは、慎重に問いかける。

「……手で、持てるくらいまで……」

「……」

アルトリアは、ゆっくりとスプーンを手に取った。

「……これ?」

「……はい」

ジャンヌが集中すると、
スプーンが、ふわりと浮く。

「……」

アルトリアは、数秒その光景を見つめ、
静かにスプーンを掴んで元の場所に戻した。

「……つまり」 「“手で持てるものは、手で持てばいい”」

ジャンヌは、顔を真っ赤にした。

「……はい……」

沈黙。

だが、アルトリアはすぐに気を取り直す。

「で、ですが!」 「念動力があるなら、他にも……!」

ジャンヌは、さらに居心地悪そうに視線を泳がせた。

「……あの」 「もう一つ……」

アルトリアは、身を乗り出す。

「ええ!」

「……瞬間移動、です……」

アルトリアは、固まった。

「……瞬間移動?」

「はい……」

一拍。

「……瞬間移動!?」

(それは、さすがに反則では!?)

「距離は!?」

「……制限は、ありません」

アルトリアは、完全に立ち上がった。

「それは……!」 「それは、本当に……!」

国家。
軍事。
外交。
頭の中で、危険な単語が一斉に踊る。

「……ですが」

ジャンヌは、申し訳なさそうに続けた。

「百メートル移動するのに……」 「百秒、集中しないと……」

「……百秒?」

「はい……」 「一メートルごとに、一秒……」

アルトリアは、ゆっくりと腰を下ろした。

百秒。

「……」

「……歩いた方が、速いですわね?」

「……はい……」

完全な沈黙が落ちた。

ジャンヌは、俯いたまま小さく呟く。

「……どれも、すごそうに聞こえるだけで……」 「本当は……見世物にしか……」

アルトリアは、数秒、天井を見つめた。

(……なるほど)

響きだけは、最強。
中身は、生活魔法以下。

「……ジャンヌ様」

アルトリアは、穏やかに微笑んだ。

「最初に聞いたときは」 「本当に、とんでもない聖女様だと思いましたわ」

ジャンヌが、びくっと顔を上げる。

「……でも」

アルトリアは、静かに続ける。

「説明を聞いて……」 「とても、誠実な奇跡だと分かりました」

「……誠実?」

「ええ」 「盛れませんもの」

ジャンヌは、思わず小さく笑ってしまった。

「……はい……」

アルトリアも、くすりと笑う。

(ですが……)

この事実は、
決して外に出してはいけない。

(派手に見えているうちは、安全) (理解された瞬間……終わりますわ)

「ジャンヌ様」

アルトリアは、静かに言った。

「能力の詳しい話は」 「今後、私以外にはしないでください」

「……え?」

「大丈夫ですわ」 「それが、一番“無難”ですもの」

ジャンヌは、少し考えてから、こくりと頷いた。

「……わかりました」

アルトリアは、微笑みを保ったまま、心の中で結論を出す。

(無制限) (反動なし) (派手) (そして……役に立たない)

この奇跡は、
隠して守るべきものだ。

まだ彼女は知らない。
それが、後に“誤った判断”だったと気づくことを。


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します

佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。 セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。 婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

完結 私は何を見せられているのでしょう?

音爽(ネソウ)
恋愛
「あり得ない」最初に出た言葉がそれだった

処理中です...